ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
「どうしても……?」

「どうしても。夕羽ちゃんを大切に思っているからこそだよ。恋人としてのスピーチは、パーティーの終わり頃に頼むね。まずは俺の両親に引き合わせてからでないと、驚かせてしまう」


説明的に話されたことに、私の顔はさらに強張る。

そうだった。スピーチの不安もあったんだ。

友人三十人の前でなら、多少のミスをしても笑ってごまかせる気がするけど、招待客八百人と両親の前で私に挨拶させようとは……良樹は鬼かドSか、それともただの怖いもの知らずの無邪気な坊ちゃんなのか。


ラベンダー色のドレスに冷や汗が染み込んでいくのを感じていたら、彼が柱の陰から顔を覗かせ、ウェイティングルーム前の廊下の様子を確かめていた。


「あ、川島テクニカルの会長だ。俺、ちょっと声をかけてくる。この前、仕事でお世話になったばかりなんだ。夕羽ちゃんは会場に向かって。もう開いてるはずだから」


そう言うや否や、彼は足早に私から離れ、私はひとり、飾り柱の陰に取り残される。

顔だけ出して彼の背中を目で追えば、廊下の人波に紛れて、すぐに判別できなくなった。

先ほどより廊下に人が多いのは、誕生会が開かれる大ホールの扉が開いて、移動が始まったからであろう。


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