ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
ホールの中ほどにいる、ひとりの男性客にウイスキーのグラスを届けたら、すぐに次の客に「ちょっとあなた」と呼び止められる。


「白ワインを持ってきて。できればブルゴーニュ産のものがいいわ」


そう言ったのは赤いドレスを着た若い女性で、ウェイティングルームで私をライバル視していた、あのお嬢様だ。

「はい」と返事をしつつも、ばれたかと緊張を走らせた私であったが、不思議なことに彼女は眉を微かに寄せて「なによ? 早く持ってきて」と言っただけで私に興味を失い、隣の中年女性との会話に戻る。

気づかれなかったことに胸を撫で下ろし、白ワインを取りにバックヤードに引き揚げながら、セレブたちの先入観について考えていた。


ウェイティングルームで良樹の友人知人に囲まれた時、私は水産会社の社長令嬢でお淑やかな文化人だと勘違いされた。

それは、良樹のフォローの仕方がおかしかったせいだけど、まさか三門家の御曹司の恋人が、ど庶民のはずはないという、思い込みのせいもあるのではないだろうか。

セレブ的なドレスを纏い、大粒ダイヤのアクセサリーを身につけていたことも原因かもしれない。


そして今の私の隣には良樹の姿はなく、メイド服を着ていれば招待客のはずはないとみなされて、話しかけられても正体がばれなかったということのようだ。
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