ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
それならばコソコソする必要は少しもないと理解した私は、さらに気を楽にして、産地不明の白ワインのグラスを赤いドレスのお嬢様に届ける。


「へい、お待ち」


まったく気づかれることなく彼女から離れた後は、演歌をハミングしつつ、ドレスやスーツ姿の客の間を縫って歩き、空いた皿を集めて回る。

そうしていたら、メイド服のポケットに入れているスマホが震えた。


実はさっきから、スマホは何度もしつこく着信を告げているのだが、忙しくて取り出せずにいる。

私に電話してきているのはきっと、パーティー開始からまだ顔を合わせていない良樹だろう。


主役の彼はすぐに大勢の人に囲まれ、交流に忙しそうなので、その姿を見つけても、私からは話しかけないでいた。

彼の両親に紹介されては勘弁、という気持ちもある。

けれどもスマホのバイブ音は鳴り止まず、私を捜し回っていては気の毒なので、そろそろ電話に出ようと思う。


皿を積んだ重たいトレーを片手に会場の壁際に寄り、スマホを耳に当てれば、《夕羽ちゃん、どこにいるの!?》と慌てたような声がした。

私が答えないうちに、《俺が放っといたから怒ったの? ごめんね!》と続けて謝られる。


「怒ってないよ。落ち着いて。放って置かれたとも思ってないし、こっちはこっちで忙しく楽しんでるから、気にしないで」
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