ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
階段前の廊下を左に曲がれば、エレベーターホール。その先に社屋の正面玄関がある。

ここは人の往来が活発なので、気をつけねばならなかったと後悔しながらも、この無駄に大きな胸で相手をボインと弾いてしまった。

「わっ!」と声を上げて一歩下がった相手は、見知らぬ男性社員。

濃紺のスーツがよく似合う美青年で、私と同じくらいの年齢に見える。

引きしまった細身の長身で、黒髪は清潔感を与えるビジネススタイルに整えられ、細い銀縁の眼鏡をかけている。

眼鏡の奥の瞳は驚きに見開かれていたが、それは一瞬だけで、すぐに幅を狭めて冷たい視線を向けてきた。


「いや〜、すみません」と頭を掻いて謝りながらも、ちょっとぶつかっただけでそこまで睨まなくても……という不満を抱いていた。

すると私の横で小山さんが「社長だよ、ちゃんと謝って!」と震える声で耳打ちしてくる。


え、この人が噂の鬼の?

こりゃ、参った。


両手をお腹の前で揃えて腰を直角に曲げ、「大変申し訳ございませんでした」と謝り直す。

心は少なからず焦っていた。せっかく新しい職場に慣れたところなのに、契約を打ち切られては困るという思いでいる。

優しい小山さんも、私の隣で一緒に頭を下げてくれた。

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