ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
「よっしー」と呼びかけて黒いスーツの袖を軽く引っ張ると、彼は頷き、僧侶たちと三門家の運転手に、戻っていいと伝えてくれた。

運転手は「お車でお待ちしております」とすぐに引き揚げたが、僧侶たちはなぜかその場を動こうとしない。

首を傾げる私に対し、よっしーは「ああ、これは失礼致しました」となにかに気づいた様子で、ジャケットの内ポケットから白い封筒を取り出し、僧侶に手渡した。

お布施と墨字で書かれたその封筒に、私は目を見開く。


中は商品券じゃなく、万札だよね?

百万円は入ってそうなほどに分厚いけど……。


お布施を懐に入れた僧侶は恭しくお辞儀する。

ここに着いた時からやけに低姿勢だと感じたが、そうなるのも無理はない。

きっとこの寺の財政は、三門家に支えられているのだろうと理解して、引き揚げていく袈裟姿の背中を見ながら、ひとり頷いていた。


「夕羽ちゃん、じいちゃんと話してもいいよ」と言ったよっしーの声には、どことなく非難めいた響きを感じる。

『亡き人とどうやって話すんだよ』と言いたげなのは、眼鏡の奥の呆れたような瞳にも表れていた。


それは私も思うところだが、他に取るべき手段を思いつけずに、ここにいる。

メルヘンな思考回路を持ち合わせていないので、彼の祖父が霊体として現れて、話し合えるとは露ほども思っていなかった。

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