ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
小山さんに謝ってから、仕方なく性格的に不向きな数値入力に意識の全てを戻すことにする。

庶務の主な仕事は、今行っている伝票処理の他に、郵便物の発送や資料整理、備品の管理と発注などがあり、ここに勤めてまだ日も浅い派遣社員のため、電話対応は内線のみと言われている。


私のデスクには、隣との境目に固定電話が置かれていて、伝票処理に戻したはずの意識は、いつの間にかその受話器に逸れていた。

演歌が駄目なら、誰か内線電話でもかけてくれないだろうか。

一時でいいから、単純作業の繰り返しから脱出したい。


すると、その願いが通じたかのように発信音が鳴り響き、伸ばされた小山さんの手をかい潜るようにして、私は先に受話器を取った。


「はい、総務部の浜野です」


それは秘書課からの電話であった。

社長室の電球が切れたから取り換えに来いという内容で、了解の返事をして電話を切った後は、願ったりだとニンマリした。

場所が鬼の社長室だというのは少々気になるところだが、私はもう怖いと思わない。

なぜか私を下の名前で呼んだ社長に対しては、変わった人だという認識が新たに植えつけられていた。

私もこれまで出会った人に何度か『浜野さんて個性的というか、変わってるね』と言われたことがあるので、話せばきっと分かり合えるのではないだろうか。

ただの電球交換に、語り合う必要はないかもしれないけれど。

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