名前のない星
未菜が好きだった。


俺はボールペンにある名前のやつに恋してる未菜しか知らない。


津田に恋している彼女しか知らない。


だからそういう未菜に俺は単純に憧れた。


俺が持っていないものだったそれは、俺をたまらなく切なくさせた。苦しかった記憶程、俺の中に留まっていく、本当にそう思う。


それでもこのあたたかさひとつとその苦しみは同じだった。抱きしめた体から伝わるものが全て好きだった。


全部苦しいのに、俺の恋をしているつもり、が、未菜から移ってきたものなら、未菜も同じなはずだと思えば、単純に未菜が笑ったとき、俺が未菜を好きになってしまうなんて簡単だった。


未菜が苦しそうになる度、遠くに行ってしまう度、俺は容易く恋に落ちた。


その度に出来る限り抱きしめた。


会ったときからずっと未菜の目に映っているのは俺では無かった。


そんなことはわかっていた。


ただ俺は一緒にいないときの未菜も知っているつもりになって、悲しかったり寂しかったり憧れていたのだと思う。


でも俺は馬鹿だから、いつだって止められなくなって、未菜が迷惑そうにする顔も泣き顔も抱き抱えた。俺は全然優しくなんて出来ない。


それは迷惑だろうなと俺だって思う。止められない。考えるよりも早く腕が伸びて、いくら抱きしめても未菜の何かなんて汲み取れやしないのに、俺に収まった彼女が俺を見上げるから、自分はなんて馬鹿なのだろうといつもあとから思う。


未菜の目にはどうしたってそいつが映っていたから俺はそいつ、津田に会ったことなどないくせに、何だか知っている気がした。


そいつを思う未菜、その間は俺みたいな目をしてはいないのだろう。


それでも俺は未菜を見ていたから、彼女と俺が目を合わせれば俺らは恋をしていたことに少しくらいは、なる。


なればいい。


見えない力の例えば魔法にかかったとしたなら、時々泣いた未菜も寂しくなった俺にもどうしてそうなったのかという理由なんて必要が無くなる。それは言い訳をしなくてもいいということだ。


意味なんか大して無いのだと、無知はいつだって優しい。


俺が誤魔化すように笑えば、未菜は無視すればいい。


俺はそれでも未菜に構うから、未菜は迷惑がればいい。


俺は未菜がそうしているだけで容易く何回も恋に落ちていく。


その度に魔法はかかっていくんだろう。


俺にはそういうのがよくわかる。見えない力の抗えない力。


未菜の望むものが俺の望むものになっても、俺の望むものが未菜の望むものにならない。俺なんかでは至らないままで、理由がそこらじゅうに散らばっていって、どれかひとつなんて俺は馬鹿だから、余計にわからなくなるように。


そうやって魔法のせいにしてこのままでいれたらいいのにって思った。


それでも無知は無知のままではいられないようで、俺の馬鹿さ加減は相変わらずなのを、未菜は呆れながら不格好にひとりでも新しいことを始めた。


そうやって時間は経った。


流れ星より遅く、望みを叶えるにはあまりにも短く。


壊れたタンブラーのこととかそういう小さなことの伝達さえまばらになり、会う時間が減れば俺らの関係は変わった。


未菜は俺なんかによく笑うようになったし、昔みたく泣きじゃくることは無くなった。


未菜の目には多くのものが捕らえられているようで俺には未菜のわからないことばかり増えた。


魔法さえ新しさを増せば、望みなども変えられていくのだろうか。


それでは俺は止まれない。


わからないことばかりでは、未菜を抱き抱えてられても俺らはそこにいないことになってしまう。


理由を探してしまえば、あのとき恋をしていた俺らは魔法みたく無くなる。


望みはもう、すぐここから流れてしまう気がした。





 おわり

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