ぷりけつヒーロー 尻は地球を救う 第3話
 研究所へ戻った三人を出迎えたのは晋助だった。他の者の姿はない。
「今戻ったぞ、晋助」
「おぉ、コウか。遅くまですまなんだの。で、どうじゃった?」
「うむ、素質はある。まぁこれからの鍛え方次第だな」
「らしいです」
凜太郎は照れくさげに微笑んだ。その表情には疲れが見える。コウは辺りを見渡した。
「ベルや他の連中はどうしたのだ?」
「さすがにもう時間が時間じゃからの、帰らせたわい。葵ちゃんも万次郎に家まで送らせた。ベルは手当てをして部屋で今眠っておるところじゃ」
「そうか、世話かけたな。では、我らもベルを連れて失礼するとしよう。邪魔したな、晋助」
背を向け、ベルが眠る部屋へと向かうコウとセアラ。晋助はなにか言いたげな様子でコウの小さな背中を見つめている。
「ベルにも、その……よろしく、言っといてくれんか」
立ち止まるコウ。短い沈黙の後、振り向きもせずに答える。
「あぁ、伝えておこう」
そう言い残し、二人はベルの眠る部屋の中へと消えていった。晋助はその二人の背中が見えなくなるまで思いつめたような表情を浮かべながら見つめていた。短い静寂が研究所内に流れる。
「凜太郎くんも疲れたじゃろ。今日はもう帰ってゆっくり休みなさい。明日も稽古あるんじゃろ?ちゃんと休むのも仕事の内じゃ。家には学校から適当な理由をつけて連絡してもらってあるから心配せんでええ」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて失礼します。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
凜太郎は晋助に深々と頭を下げると、その場を後にした。晋助もその背中を見送った。
次の日も学校だった凜太郎は帰るや否や自室にあるベッドに飛び込み、そのまま泥のように眠った。長い1日が終わろうとしていた。



 翌朝、凜太郎は疲れも抜け切れないまま学校へと来ていた。自身の机で授業が始まるまでの間、顔を伏せて眠っている凜太郎。その様子に気づいた友人・杉本武史が凜太郎の席に近づく。
「よう!凜太郎。なんか今日お前元気ねぇなぁ。昨日夜更かしでもしたか?」
凜太郎は顔を伏せたまま、覇気のない声で答える。
「まぁそんなとこ」
「睡眠不足は身体に毒だぜ。それに、夜更かしはお肌の天敵よん」
いつもの凜太郎ならつっこむところだが、そんな気力もなかった。
「俺も早く寝たいんだけどね……。寝かせてくれない人がいるんだよ」
その言葉に武史は敏感に反応した。
「まさか、お前……!お、女か!?」
「だと良かったんだけどね……。残念ながら違うよ」
武史は溜め息をつき、安堵の表情を浮かべた。
「なんだ、違うのか。ビビらせんなよ。童貞同盟が決裂したのかと思ったじゃねぇか」
「そんなクソみたいな同盟を組んだ憶えはないぞ、武史」
その時、教室の扉を開ける音がした。入ってきたのは担任の佐々木幸一だ。
「はーい、みんな席につけー。授業始めるぞー」
武史を含めた教室内の生徒は佐々木の指示通り、それぞれの席へと戻っていく。その様子を確認していた佐々木が凜太郎に気づき、声をかけた。
「おーい、品川。教室の机はお前のベッドじゃないぞ」
教室内に生徒の笑い声がどっと沸いた。凜太郎は佐々木の声に気づき、慌てた様子で立ちあがった。
「は、はい!すみません!!おはようございます!」
「はい。おはよう」
再び生徒の笑い声がどっと沸く。



「じゃあ、教科書38ページを――」
佐々木が授業を始めようとした時だった。再び教室の扉が開く音がした。
「失礼します。授業中すみません。品川凜太郎くんっていますか?」
それは1人の女子生徒だった。黒髪のミディアムヘアがよく似合う、目鼻立ちの整った女の子だ。胸は大きくもないが小さくもない。ミニスカートから出た脚は太めでむっちりしている。アイドルグループにいてもおかしくないほど可愛い彼女に男子生徒たちはざわつきだし、女子生徒はそれを冷やかな眼で見つめた。制服からして凜太郎と同じ学校の生徒らしい彼女は可愛らしい笑みを浮かべながらそこに立っていた。凜太郎は驚き、戸惑っている。佐々木はその女子生徒を訝しげな表情を浮かべながら見つめる。
「品川くんならうちのクラスの生徒だけど……君、どこのクラス?授業はどうしたの?」
「B組の城島花凛です。品川くんにこの前貸した教科書を返してほしくて……。授業で使うので、その……」
佐々木が凜太郎に視線を向ける。男子生徒も妬みの視線を凜太郎に向けていた。
「ダメじゃないか、品川。ちゃんと返してあげないと。それに、君も君だ。こういうことは授業が始まる前に済ませておきなさい」
「えっ!?でも、先生……俺、その子知りません」
女子生徒は凜太郎の姿を目視で確認すると先程とは打って変わり、不気味な笑みを浮かべた。
「君が品川凜太郎くんね。やっと見つけた」
そう言った女子生徒の両目が妖しく光り、その身体はみるみるうちに巨大化しはじめた。怪人のそれへと徐々に変貌していく。教室内のざわつきは恐怖の悲鳴へと変わった。我先にと教室から逃げ出し始める一同。その悲鳴を聞きつけ、それに気づいた他のクラスの者たちも下へと続く階段に向かって脱兎の如く逃げ出した。校内は混乱と恐怖に包まれつつあった。
「ま、まさか……怪人!?そんな、なんでここが!!」
うろたえる凜太郎。だが、変身しようにも肝心の変身装置は研究所に置いたままとなっていた。仮に今変身できたとしても巨大化した凜太郎の重みに耐えきれなくなった床や天井が崩れ、他の生徒や先生を自身が潰してしまう可能性が非常に高い。それは絶対に避けねばならない事態だった。
「このままじゃ、みんなが……!俺は、俺はどうすれば……」
女子生徒に扮した怪人の巨大化は止まらない。怪人は巨大化に力を集中しているのか、その場から微動だにしてない。一方、凜太郎は必死に考えを巡らせていた。しかし、なかなか良い策は浮かんでこない。焦りだけが募っていく。周囲から聞こえる生徒や先生の混乱と恐怖に満ちた声が凜太郎の焦りを助長させる。怪人の頭が天井を貫き、重みに耐えきれなくなった床が崩れようとしていた。



その時、怪人のすぐ近くに黒い渦が出現し、その中から現れた何者かが怪人をグラウンドの方へと蹴り飛ばした。巨体が宙に浮き、凜太郎の教室の窓と扉を突き破って勢いよく吹き飛ぶ。怪人は校門近くのグラウンドの地面に強く叩きつけられた。一瞬の出来事だった。なにが起こったか把握しきれない凜太郎は怪人が蹴り飛ばされた方をただ呆然と眺めていた。窓があった場所には大きな穴が空いている。
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