初恋
花実の家の前、インターホンなんて押したことがなかった。
震える指に力を込めてみるが、そんな力は必要なく、軽々と音はなる。
心拍数が一段階早くなるのが分かる。
いつもの場所でしか会ったことがなかった。
家なんて行ったことがなかった。
ただ、それだけの関係をひとつ破るだけに、こんなに緊張するなんて、全く知らなかった。
「はーい」とインターホン越しのおばさんの声が聞こえたかと思うと、扉はすぐに開いた。
でも、出てきたのは驚いた顔をした花実だった。
「優…なんで…」
それだけ言って続きは出てこず、次話すのは優の番だと言わんばかりに、沈黙を作る。
「……ひ、引っ越すなら、言ってくれないと…本返しそびれるとこだったじゃん…」
微かに聞こえる程のか細い声。
今にも泣いてしまいそうで。
それだけは絶対にしたくなくて、優は唇を噛み締めた。