天使は金の瞳で毒を盛る
「何がですか」

「何がって…、顔が」

「何ですか、それ。失礼なこと言うのも…」

「だって、ほら」

鬼塚さんは足元に鞄を置いた。また、頭ぐしゃっとされるかと身構えたら、違った。

目元に彼の指が触れる。大きな手で包み込むように頬を覆われた。

「泣いてね?お前、目赤いぞ?」

何言ってるんですか、泣いてなんかないです。そう言おうと思って、声が出なかった。

代わりに頬をつたって行くものを感じた。

「うおっ、どうした⁉︎」

鬼塚さんの手が温かすぎるんです。それも言葉にならない。

鬼塚さんがハンカチを貸してくれた。私は小さく頭を下げてそれをお借りする。

「…もう、大丈夫です、ありがとうございます」

泣き声が恥ずかしくて、小さな声しか出ない。

「どうしたんだ?」

「……」

私は黙った。言えるわけがない。というか、なぜ泣いたか自分でもわからない。

鬼塚さんがそんな私を見下ろして言った。

「ああ、なんだ、その…。あ、そうだ。一花、今日空いてるか?」

「え?」

「酒でも飲みに行こうぜ、いい店教えてやる」

「え?」

「ほら、この前トンカツ屋教えてもらったしさ」

鬼塚さんの気遣いが嬉しい。それに気も紛れそうだった。

私は「はい、お願いします」と言って頭下げた。

鬼塚さんは笑って、私の頭に手をやるとくしゃっとした。なんだか、止まった涙がまた出そうだった。

そしてその時、鬼塚さんが視線をあげた廊下の先に、榛瑠が立っていてこちらを見ていたなんてことには、私は少しも気づいていなかった。
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