天使は金の瞳で毒を盛る
「バイバイじゃないわ」

鬼塚が苦笑しながら言うと、一花も抱き上げている男の腕から顔を出して笑った。

まだ酔ってるなあと思う。そして、その笑顔がやっぱり結構好きだな、と思う。誰かをこんな風に思うのは久しぶりだった。

四条がここに現れなければ、どうなっていたんだろうか。いや、現れないわけないと、俺自身も思っていた。

だから、どうにもならなかったということだ。

そしてそれを考えられるぐらいには、自分は十分大人になっている。

顔を出した一花に姿勢を崩されて四条の足取りが一瞬止まる。そして言った。

「暴れないで、お嬢様。落とすよ」

一花がじっとする。鬼塚は小さく笑った。確かにこれじゃあ、お嬢様だ。

そう思いながら女を抱えて去っていく長身の男の背中を見送る。

体の奥に鈍い痛みを感じる。

まったく、嫌味な背中だ。なにが天涯孤独だよ。

そして、ふと思った。四条は社長の遠戚だよな。で、人の家で育って、一花とは幼馴染で。一花は父親をお父様と呼ぶ。そしてその一花を四条はお嬢様と呼ぶ。

…つまり?

つまり一花は…?

四条榛瑠が立ち止まると、体半分振り返って鬼塚を見た。

「鬼塚さん、しゃべらした責任は負ってもらいますよ」

そう言い残すと車に一花と乗り込んで帰って行った。

その車が見えなくなるまで店の前に立っていた鬼塚は、店内に入ると先程まで座っていた席にもう一度つくと兄に言った。

「兄貴、水くれ」

すぐに出てきたグラスの水を鬼塚は一気に飲み干した。
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