天使は金の瞳で毒を盛る
一花が社長令嬢。

間違いなかった。四条はわざと口を滑らした。

あの野郎。苦々しく思いつつ鬼塚は笑えてきた。その笑いが全身に広がって、声を押し殺しながら身を屈める。

それならわかる。さすがの奴もそうそう簡単には口説き落とせないってわけだ。ざまあみろ。

笑えてくるわ。笑える…。…くそっ。あいつ、容赦なくぶった斬りやがって。

完敗だった。

野の花と思っていたのは貴重な幻の花だったというわけだ。決して手に入ることのない花。

鬼塚は俯いた。木っ端微塵に吹き飛んだ気分だった。こんなに負けを味わったのはいつぶりだろうか。

「完敗…」

呟きと同時に深いため息が漏れる。

「おい、馨?どうした?」

兄の声と一緒に、その手が頭の上に置かれる。確かな存在の温かさをそこに感じる。

「何でもないよ、大丈夫」

鬼塚は頭を起こして坐り直すと、残っていた酒を飲み干した。そして店を見渡す。

兄が常連客と話している。たわいもない話だ。どこかの名家とも金持ちとも何の関わりもないただの小さな飲み屋だ。そう、居心地が良くて酒を取り揃えているのが取り柄の。それだけで十分だと知っている。

「兄貴帰るわ、清算して」

鬼塚は立ち上がると言った。

「歩いて帰るのか?もう少し待てるのなら車で送っていくぞ?」

「いや、大丈夫。酔い覚ましに歩くよ。ありがとな」

鬼塚は店を出ると息を大きく吸い込んだ。冬に向かう冷たい空気が肺に入り込む。

そしてゆっくり歩き出す。なんとなくぼんやりと明日の予定を考える。

明日、午後一でアポはいってるから、午前中に書類仕事終わらせて。発注もかけてしまいたいな。部長の決済待ちか。明日やれれば明後日は朝一から動けるんだが…。

そして自分に向かって苦笑した。こんな気分の時でさえ、仕事かよ、俺は。そして、仕事の事考えていると落ち着くのも分かっている。
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