天使は金の瞳で毒を盛る
「随分急ぐね、何かあるのかい?」

あんたの娘に呼び出されてるんだよ、とは言わなかった。何言われるかわかったものではない。

「お気にさわったのなら申し訳ありませんが、この後人と会う予定があるので」

「そうか、それはすまなかったな。交友する人間は考えているか?」

「人脈づくりには関心がありません」

必要な時に必要な人間は向こうから来る。いちいち探し回ったりするほど暇じゃない。

社長はやれやれといった表情をした。

今度こそ榛瑠は立ち上がり一礼して部屋から出ようとした時、名前を呼ばれた。

「榛瑠」

「はい」

名前を呼ばれることはめったにない。少々どきっとして振り返る。

「君を息子と呼べる日を楽しみにしているよ」

そう言って、社長であり、一花の父親である男は微笑んだ。鷹揚で自信に満ちた笑顔で。

…この人に与えられたものはいろいろある。衣食住はもちろんだったが、最大のものは教育だ。

庶民であるためと言って公立中学に行かされ、人脈のために名門私立に入れられ、ついでに、どうやら彼の中で私は予想外に優秀だったらしく、ビジネスも学ばされた。

それもこれも、一花のためだ。

一花の将来に渡って補佐をする人間を育てたかったのだ。結局、こちらにその意思がないとわかると、日本から放り出されたわけだが。

それでも学んだことは役に立つ。特に、稼いで食っていく必要性が生じた時、面白くもなかったビジネスのノウハウが役に立った。

そして、笑顔の作り方もあなたを見て学びましたよ、社長。

「私も楽しみです、社長」

榛瑠は笑顔で答えた。どんなセリフも笑顔で言う自信があった。社長の笑顔も崩れない。

そして出て行く榛瑠の後ろでまた声がした。朗らかな声だった。

「でも、まだ孫はいいからな」

榛瑠は聞こえないふりをして部屋をでた。
< 135 / 180 >

この作品をシェア

pagetop