天使は金の瞳で毒を盛る
あのオヤジ、場合によっては手を退かせる気、満々じゃないか。

榛瑠は駐車場へ向かいながら、心中で舌打ちした。何が息子だ、9年の間、屋敷の敷居を跨がせなかったくせに。

それは初めから分かっていたからまだいい。元々戻るつもりはなかったのだし。

だが、一体、娘をどうしたいんだ。あの娘だって大人だ。そうそう思い通りに動くか?

結局、一花がもう少し大人の女として成熟するまでの一時的な見守り役が欲しいだけなんだろうな。手放す気なんてないんだろう。

大概にしろよ、と思う。

いい加減に子離れして手を離せ。

その後は俺がきっちり継いでやる。

榛瑠は車のキーを開けて乗り込むと、時計を見た。なんとか約束した時間に着けそうだ。

車を運転しながら考える。だいたい、住んでいるところが不便すぎる。父親が許さないのなんだのといっても、結局、一花自身が屋敷から出る気がないんだ。

主人である父親がほぼ帰ってこない家を、自分も出て行くわけにはいかないと思っているのだろう。

住み慣れた家への愛着と、支える人間への愛情と。屋敷はそのまま舘野内家の歴史でもある。

一花はどこまでもあの家のお嬢様であり、次期当主なのだった。

おまけに父親のことが好きときた。つまり、一花はあそこを動かない。

…だったらこちらから行くしかないだろう、行きたくなくても、今更でも、何でも。

自分だって、あの家自体が嫌いなわけではない。あそこで育ったし、嶋さんをはじめ、屋敷のみんなには可愛がってもらったと思う。

アメリカにいた時、育った場所として懐かしく思い出したこともあった。

だが、自分の家ではなかった。

自分の家として思い浮かぶのは、幼い時に無くした家だ。

そして父と母として想うのは亡くなった両親だけだった。
< 136 / 180 >

この作品をシェア

pagetop