天使は金の瞳で毒を盛る
鬼塚さんは驚いた顔をしていたが、ふっと笑うと言った。

「まあ、男ならってのはやめとけ?会社やばそ…」

「え?」

「いや、何でもない」そう言って苦笑すると続ける。「ま、あれだよな、お前も大変だよな」

「あの?えっと、まあ、はい」

鬼塚さんは微笑したまま私を見た。なに?一瞬、どきっとした。なんで?

「…店、気に入ったんならまた来いよ。四条とでも一緒に」

「…ありがとうございます」

実は、昨日榛瑠が来たあたりからあまり記憶がない。

彼はどう言って昨日あそこにいたのかな?

「じゃあな、行くわ」

鬼塚さんが背中を向ける。と、二、三歩歩いたところで振り返った。

「四条にも…」

「え?」

「…いや、女だろうが男だろうが覚悟しないとな、そんだけ」

そう言ってまた歩き出した。

「あ、頑張ってください。時間、すみませんでした」

私は頭を下げた。鬼塚さんは背中を見せてまま右手を軽くあげて去って行く。

その時、違和感の原因に思い当たった。鬼塚さん、いつもの頭に手をやる癖がでてない。

そのことに気づいた時なぜか胸が痛くなった。

今朝、会議だなんだと忙しくしている榛瑠を一瞬捕まえて鬼塚さんにどう顔合わせればいいか聞いたら、「彼は、良い勘してますよね」とわからないこと言って、なぜか、私の頭をくしゃっと撫でたのだった。

秋の日は早くてまだ昼なのに穏やかな斜めの日が窓から入って来る。

窓の外は変わらずビルと空だ。それなのに、なんだか違うものに思えるのはなんでだろう。

「一花さん、どうしたんですか、ぼんやりして。もう、昼休み終わりますよ」

篠山さんが後ろから声をかけて来た。私は「うん、もういく」と返事をして彼女と歩く。

それにしても、と思う。鬼塚さんは相変わらず厳しいことを言う。覚悟、ですか。

ずっと、得られるものと失うものを天秤にかけて動けないでいた。でも、もし、覚悟が欲望の別の様相なら話はきっと簡単だ。

私の欲望は、榛瑠、あなたの形をしている。
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