天使は金の瞳で毒を盛る
「たぶんね、あの人は、一花に…自分の後継ぎに、選ばれる人間でなく選ぶ側の人間でいて欲しいのだと思いますよ。その気持ちは、わかるので。こっちが選ばれる側ってのも悪くなかったしね」

「なにそれ…」

私はまた同じ言葉を呟くしかない。なにそれ。お父様も榛瑠もなんなのよ。

「他にはもうないでしょうね」

「ないですよ」

「ほんと?だいたいお父様とどんな話になっているの?」そうよ、そもそも「どんなこと言われて戻ってきたの?」

「あなたが気にするようなことは何も」

そう言って榛瑠は微笑する。こういう時はもうなにも聞けない。

「……わかった」

本当は不安になる。きちんと全部聞いておきたい。でも、聞かせないことが最良だと彼が判断するなら、聞かない。そう、昔から決めている。私のやれることは、不安にならないこと。

「でも、かわいそうなことしてるなとは思ってました。あなたが悩んでいたのはわかっていたので。だからってわけでもないのですが、これで許してもらえませんか?」

そう言って榛瑠は私の足元に跪いた。

「え?榛瑠?」

「あのね、せっかく結婚してくれるって言ってくれたけど、実際に結婚するまではまだいろいろあるんです。でも、必ず叶えるから、信じて待っていてください。私の花嫁になってくださいね」

そう私を見上げて言うと、彼は私の両手をとって指にキスした。私は榛瑠の横に真っ白なウエディングドレスを着て立っている自分を想像して胸がいっぱいになる。そして気づいたら、左手の薬指に指輪がされていた。

「え?あ……」

それはダイヤのついた婚約指輪、ではなかった。細かく細工が彫られていて、中心に翡翠らしい石が入っている繊細なものだった。

「アンティーク?きれい……」

私は太陽に指をかざした。たぶん、この世に一個しかない指輪。

「婚約指輪としてはおかしいですけどね。亡くなった母のものなんです。嫌でなければあなたにもっていて欲しい」

「……嫌なわけないじゃない……」

「……一花」

榛瑠に引っ張られてその胸に倒れこむように顔を埋める。優しく抱きしめられる。

「一花、泣きすぎ」

涙がとめどもなく溢れた。どんなすごい指輪より嬉しい。嬉しくて嬉しくて…。

嬉しくて、せつない。

この指輪を彼がずっともっていなければいけない、そんな運命があったからこそ私は彼に会えたのだ。

「だいじにするね。いっぱい大事にする」

「ありがとう。でも、所詮はモノだからね、一花。無理しないで」
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