天使は金の瞳で毒を盛る
「覚えてます?私があなたの家にきてすぐ、屋敷から行方をくらましたこと」

「なんとなく」

「あのとき、一週間くらいいなかったのですけど、あなたは一ヶ月近く口を聞いてくれなくなったんですよ。今回は9年だからどれくらいかかるかなと思っていたんです」

「また、五歳児と一緒にしてる……」

でも、そうかも。もう一度会っても口もきかない、ってずっと思ってた気がする。でもそんなの、一目見て吹き飛んでた。

そう、彼がドアを開けて現れた時、死ぬほどドキドキしたもの。泣きそうだった。ほんとうに、泣きそうで……。

私は榛瑠の頭を抱えるようにぎゅっと抱きしめた。

「ありがとうね」

「一花?」

「帰ってきてくれて。本当は帰ってこないつもりで出て行ったのでしょう?」

「うん、まあね」

彼はそれだけ言った。なんで帰ってこようと思ったのだろう。でも、どんな理由でも私は嬉しい。

「私の持っているもの全部榛瑠にあげる」

「一花だけでいいよ」

榛瑠は私にキスした。優しいキスだった。

「それに、あなたの父親は私を跡継ぎにしたくないんじゃないかな」

「え?なんで?」

「一度、高校生のとき打診されて断ってますしね。気に入らないと思いますよ」

え?そんな話、初耳だよ?

「え?なんでそんなこと……。でもそれも込みで戻ってきたんだよね?」

「なんだか、そのへん誤解がありますけど、社長というだけなら今でも社長ですよ。アメリカで会社持ってるので」

「え?」

「両手程度の従業員しかいない小さな会社ですけど。あなたの父親の事業そのものに元々それほど興味はないんです。動かせる金額が違うから、ダイナミズムという点では面白いですけどね、当然」
< 148 / 180 >

この作品をシェア

pagetop