天使は金の瞳で毒を盛る
「お忘れかもしれないので申し上げますが、あなたその時点で婚約者がいたんですよ?破談になる気配もなく順調におつきあいされていましたよね?」

榛瑠が私を見た。嘲るような、怒っているような声だったのに、でも、思ったより優しい顔をしていてびっくりする。

なに?なんで?

「あなたの父親は私を手元で育てて会社を一時的に継がせたがったようですよ。いつか生まれるあなたの子に譲るまでの間、資産を守る人間としてね。あなたは?」

「わ、わたしは…」

「新婚の屋敷で嶋さんの後でも継がせる気でした?あなたが夫と愛し合う家を守るために?部屋の前にでも立たせておく気だった?」

わたしは呆然と彼を見あげた。

そんなこと、考えてみたこともなかった。榛瑠をどうするかなんて。

ただ、そばにいてほしくて。それが当たり前で。

でも、一方で、彼の言うとおり、婚約者がいるのも当たり前だった。なにもなければ今頃結婚していたかもしれない。

矛盾している、とはじめて思った。でも、自分の中ではずっと、それが当たり前の感情だった。

わたしが彼を好きなのと、別の誰かと結婚して、跡継ぎを生むことは別のことで、自分の中では疑問はなかったのだ。

おかしい、と今ならわかる。というか、今はじめてわかったのは遅すぎじゃない?

榛瑠はわたしから視線を外して押さえつけていた手も離すと、わたしの頬にキスした。

「まったく…」

耳元で声がした。笑いをふくんだ、穏やかな声だった。

「まあ、しょうがないんですよ?あなたは当時まだ中学生で、それでなくても幼かったし。わかってたんだけどね」

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