天使は金の瞳で毒を盛る
榛瑠はきっぱりと言った。

「すみませんがお嬢様、私もそんなに暇な訳ではないんです」

「そうだよね。……ごめん」

うつむく一花に榛瑠は続けた。

「きっと、婚約者殿が言ってくれますよ、かわいいって」

「そうかな」

「ええ。あの人、社交辞令は心得ているでしょうから」

一花はふてくされた顔をした。

「もう! なんでそうなるの⁈ 貴宏さんは優しいから褒めてくれるってわかってるけど。もういい。貴宏さんにきっといっぱい褒めてもらうもん。じゃあね、早いけどおやすみ」

一花は榛瑠に言うとドアが開くのを待った。だが、ドアノブを握る手は止まったままだった。

「榛瑠?」

「え、ああ、すみません。どうぞ」ドアは開けられ、少女が通り抜ける。「……良い晩餐を、お嬢様」

ありがとう、と言うその後ろ姿に榛瑠は優しい声で言った。

「可愛いですよ」少女が振り返る。「きっとね」

一花は顔を半分隠すようにノートを抱えながら言った。

「覗きに来てもいいよ?」

「ばか。怒るよ。早く行け」

はーい、というどこか嬉しそうな声と軽やかな足音を聞きながら榛瑠は重たい扉を閉めた。

すぐ近くの壁にあるスイッチに手を伸ばし、明かりを消す。部屋は西日を残して薄暗くなる。

「まったく。俺のために着るわけじゃないだろうが」

そう呟きながらテーブルに置いてあった本を手にとってパラパラめくるも、やがて軽くため息をついて、読み終わらないその本を棚に戻しに行く。
< 178 / 180 >

この作品をシェア

pagetop