天使は金の瞳で毒を盛る
ちょうど、腕を伸ばして本を元あった棚の場所に納めたとき、車の音が耳に届いた。

「もう来たのか。早いな」

続いて、車のドアが開閉する音、人声。階下でのどこか華やいだざわめき。それらがやがて落ち着くまで榛瑠はじっとしていた。

日は傾いて行くのをやめず、長いオレンジの光が西の大きな格子窓から伸びて、音もなく本たちを染めている。

と、榛瑠は左手で拳をつくると、いきなり書棚の木枠の部分を思いきり全力で叩いた。

「全部ぶっ壊してやろうか」

拳をかすかに震わせ、綺麗な顔を歪ませながらそう低く呻く。

固まったようにそのままの姿勢でしばらく動かずにいたが、やがて弾かれたように振り返ると背を書棚に預けて仰ぎ見た。

「いい加減にしとけよ、俺。バカはどっちだ」

そして金色の髪をかきあげると、そのままずるりと座り込んだ。

「……頼むから……」

頭を膝に乗せ抱え込みながら崩れたように座る榛瑠に、オレンジ色の光に照らし出された窓の格子が黒い影になっておちる。

やがてその影も薄くなり溶けて、暗闇が部屋を満たしていく。



お願いだ。神様。

俺のことは見ないでくれ。

どうか。



……誰か。



それは声にならず、暗がりの中に金色の髪の少年がただぼんやりと浮かび上がっていた。





〈 完 〉







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