天使は金の瞳で毒を盛る
「だめ、頭冷やそう」

私は二階のテラスに出た。外は嵐のようで、雨の量は思ったほどでなかったが風が強かった。直接雨は当たらないようになっていたが、時折強い風が運んできて、飛沫が顔を濡らす。

冷たくて気持ちがいい。火照った顔を冷やしてくれる。

深呼吸する。冷えた空気が肺に入る。

風で庭の木々が大きく揺れていた。木々の揺れる音が、風が吹き抜けていく音がする。

この音だ、と思う。

風の音を聞くと、思い出すことがある。

そう、それこそ婚約者と別れた日のことだ。

あの日、今思うと、彼の誠実さの形でもあったのだろう。彼が私に会いにきた。

数日前に正式に破談になっていた。向こうからの一方的な申し入れだった。父は言いたいこともあっただろうが、何しろ私がまだ若い…父にとってはまだ子供といってもいい歳だったせいもあったのだろう、あまり揉めずに受け入れた。

私は悲しいというより、戸惑った。7つも年上の幼い時からの婚約者は、年に何度か会うだけだったが、それでも会うと優しくて、私にとってはどこか兄のような人だった。

この人と大きくなったらケッコンするのだ、というのは、それこそ、中学行くとか高校行くとかの延長のように疑ったことはなかった。

なんでここにきて?でも、彼も23歳だし、子供の相手が嫌になったのかな、と、ぼんやり思っていた。

そう、あの頃の記憶はひどくぼんやりしている。その数ヶ月前に榛瑠が旅立っていて、屋敷は静かで、私はぼんやりしていた。

どうしてそんなところで話をしたのかは覚えていない。とにかく、彼と私はこの庭で向かい合っていた。

雨は降っていなかったが、風の強い日だった。

ごめんね、一花ちゃん、君が嫌いになったわけではないんだ。そう、彼は言った。


< 51 / 180 >

この作品をシェア

pagetop