天使は金の瞳で毒を盛る
「むしろ、今も変わらず妹のように思うよ」

つまりそれは妹のようにしか思えないということだ。でもだから?お互い様だもの、今更じゃない?好きな人でもできたのかしら。

それだって、今更だわ、とその時の私は思った。

たぶん、引き止めたいというより、自分の状況が変わることが受け止められなかったんだと思う。

「結婚は契約だから、別に妻になる人に僕を熱烈に好きでいて欲しいとは思わないし、そういう意味では、むしろ一花ちゃんで良かったとずっと思っていたよ。」

ええ、私もそう思っていました。

「でもね、特別好きでなくてもいいけど、他の男に心取られちゃってる子はやっぱり嫌なんだよ。僕もプライドがあるしね」

…?

何を言っているの?

彼は私の頭をそっと撫でた。今までと同じように。

「ごめんね、一花ちゃん、君を一人にするけど、…しょうがないよね?」

そう言って、彼は去って行った。その後ろ姿は記憶にない。ただぼんやりと立ちながら、木が揺れているのを見ていた。

音がしていた。風の音が。低い、ごうっというような音がしていた。

ゴメンネイチカチャン、キミヲヒトリニスルケド

そうだ。

ワタシハヒトリダ

風が、体の中を一気に吹き抜けて行った。

その瞬間、うわあっと、身体中から声が出た。榛瑠が去った時も泣かなかった。でもそのとき、いきなり、私は泣き叫んだ。

引きちぎれるようだった。

この広い屋敷で誰にも届くことのないまま、風が泣き叫ぶ声を奪い去って行った。

誰を思って泣いたのか、何を思って叫んだのか、記憶はぼんやりとして今もわからないままだ。

ただ、あの時の低いごおっというような風の音は覚えていて、そしていまも、耳の奥でなっている。


ねえ、榛瑠?あなたの知らないことも、あるのよ?
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