天使は金の瞳で毒を盛る
それから数日後の帰宅時、私は会社のビルの入り口で困っていた。

雨が降り出していたのに、傘がなかったのだ。この前置き傘使って持って帰ったまま忘れたんだよねえ。

どうしようかな…、そこまで本降りじゃないから駅まで走ろうかなあ。そう思って走り出そうとした瞬間、呼び止められた。

「あ、尾崎さん?」

この前ランチで一緒になった尾崎さんだった。

「どうしたの?傘ないとか?」

「あ、実は忘れてしまって」

私は軽く笑いながら答える。

「どこまで行くの?」

尾崎さんが自分の傘を広げながら言った。私は最寄駅の名前を言う。

「じゃあ、俺も一緒だ。入っていきなよ」

えっと思ったが、ここで断って駅まで走るのも逆に失礼な気がして、お礼を言って傘の中に入れてもらった。

「遠慮しないでいいから」

そう言って尾崎さんは距離を詰める。たしかにそうしないと濡れちゃうんだけど、でも、…困る。

「尾崎さんこそ濡れないでくださいね」

「俺は大丈夫」

なんだか、結構いい人なのかも。親切だし。

「今日はもう終わりですか?」

「いや、これからまだ一件行って、それから直帰」

「あ、そうなんですか、お疲れ様です。大変ですね」

「でも、まだ早い方だよ。鬼塚係長なんかまだまだやってるだろう?」

「あの人は参考になりません」

私は笑いながら言った。それに実は言うほど日常的には詰め込んでもいないのよね、鬼塚さんは…。
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