天使は金の瞳で毒を盛る
混乱の国際事業部
「はあ」

私はため息をつきながら机の上に置いた書類に突っ伏した。

「大丈夫?一花さん」

隣の席にいた同期の林さんが声をかけてくれる。

「大丈夫です。なんか要領悪くて…すみません」

そんなことないよ、手伝えることあったら言って、と、林さんは笑って言ってくれた。

彼女は私と違って優秀で、仕事の処理も早い。外見も可愛らしくて国際事業部の中でもちょっと扱いが違う感じがある。

「でも、なんかため息でちゃうのわかります。課長おとといからいないし」

向かいに座っていた今年入社した篠山さんが言う。

課長、というのは榛瑠のことだ。一昨日から部長と出張に出ていて、彼は今日の午後あたりに帰ってくる予定になっている。

「あの人いない方が仕事減っていいじゃない」

私はふてくされた気持ちで言う。

一ヶ月前に来た四条課長は、なんて言うか、初日の時点で女子の心をわしづかみにしていた。

わざわざ他部署からさりげなく覗きに来た人もいたくらいだった。

アメリカ帰りのエリートで、あの外見。初めは明るい茶色の髪のことを染めているのかと眉をひそめたおじさん方もいたけど、目を見ればわかるけど、自前だしね。

その話もどこで聞き込んだのか、父親が外国人らしいとか、社長の遠戚らしいとか、びっくりする速さで情報が駆け抜けていった。

中には間違った情報もあったけど、結構合っていてびっくりする。

ああ、私の情報が漏れないのはただ単に誰も興味を持たないせいなんだなって、今さら思ったり。

そんなわけで、女子の視線を集めた課長は必然的に男性社員の反感を買ったんだけど、一ヶ月もしないうちにそちらの信頼も得ていた。

笑わない代わりに怒りもしない、いつも落ち着いた態度で、手際よく仕事をしていく。

部下への指示やフォローも的確で、安心して仕事ができると部署の男性が話しているのを聞いたこともあった。

前任者の課長が、その人も能力のある人だったと思うけど、残業をしつつ片付けていた仕事を定時でこなして、場合によっては部下の仕事を手伝うありさまで、お陰でこちらに流れてくる書類も早くなり、で、しばしば私のところで止まりがちになって、で、残業になって、早く帰れと言われ…

「はあ」

またつい、ため息がでてしまった。
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