突然現れた御曹司は婚約者

「時々、泊まりに来てやろうか?」


居間へと入る私の背後で紬がサラリと言った。

それに対し、こちらもサラリと言って退ける。


「遠慮願います。それよりこれ。カーディガンです。きちんと採寸したので縮んでいないのは確認済みです」
「へぇ。採寸まで。几帳面だな。それに着る前みたいに綺麗だ。それに…」


そこまで言うと蓮はカーディガンを鼻筋に持って行き、目を閉じて匂いを嗅いだ。


「栞と同じ香りがする」


言い終わると同時に開いた目が私を真っ直ぐに見つめた。

直後、ドクンと鼓動が大きく跳ね、呼吸が浅くなる。

でもそんなの使ってる洗剤が同じなのだから当たり前だと視線を逸らし、蓮に背を向け、紙袋を渡す。


「帰れって?」


苦笑といった感じで笑う蓮に小さく頷く。


「冷たいな、栞は。お茶くらい出してくれてもバチは当たらないと思うけど」
「口、痛くないですか?」


出血してたくらいだ。

口に物を入れたら痛いだろう。


「なら消毒してくれる?」


紙袋にカーディガンを入れながら上目遣いに見てくる蓮に首を傾げる。


「口の中ですよね?無理ですよ」
「そんなことないよ。傷口って舐めれば治るって言うじゃないか?」


どういう意味?

口の中を舐めろってこと?


「濃厚なキスの経験は?」


蓮に顎を持ち上げられて、ようやく言ってる意味が分かった。

蓮の手を振り払い、距離を置く。
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