突然現れた御曹司は婚約者
「バカじゃないですか!そんなこと出来るわけないじゃないですかっ!消毒ならお茶の方が効果ありますよ!今入れてくるので待っててください」
ダイニングテーブルの椅子を引いて腰掛けて待つよう促す。
そうすればおとなしく腰掛けてはくれた。
でも私は今、言われたことに加速した鼓動を落ち着かせるのに精一杯。
「腹減ったなー」
「そういえば…」
私も夕飯を食べ損ねてしまった。
「誰かさんのせいで」
連の前にお茶を出すと、それを手に取り、とぼけたように目を泳がせた。
「俺のせいじゃないにしても、この辺の店は詳しくないんだよな。あ、じゃあピザでも頼むか?」
ピザは今から頼んでも到着するまで30分かかる。
その間、ふたりきりでいるというのは耐えられそうにない。
かと言って追い返す訳にもいかないし。
仕方ない。
「なにか作ります。口の中が痛んでも知りませんけどそれで良ければ」
「いいのか?」
パァっとその場が明るくなるほどの笑顔と声に驚く。
でもいつもひとりだけで過ごしていたから、蓮の明るい声を耳にして、部屋に灯りがつくかのように、私の心に暖かな明かりが灯った。
浮つく足取りでキッチンへと戻り、冷蔵庫の扉を開け、中身と相談する。
「目には青葉、山ほととぎす、初鰹」
「え?」
机に鰹を生姜で煮たものを運んだとき、ふと蓮が句を詠んだ。
それを聞いて手が止まる。
「知らないか?山口素堂の句だが」
俳句は知っていてもあまり知られていない俳人の名前まで知っているとは。
「よくご存知で」
「バカにしてるのか?」
褒めたつもりが、上から目線の物言いに聞こえてしまったようで、蓮の眉間にシワが寄った。