突然現れた御曹司は婚約者
「1歳の誕生日に再会する約束をして別れたの。でも待ちきれなくて早めに会いに行ったのよ」
だから次の写真の日付が半年後のものなのか。
その写真のふたりは明るい笑顔を見せている。
家にはあまり母の写真がないから今の私と少し似ている親の姿を目にして胸と目頭が熱くなる。
そんな私の隣にそれまでお父さんの隣にいた蓮が腰掛け直し、頭を優しく撫でてくれた。
その柔らかな手付きに余計に感情が溢れてくる。
でもここで泣いても心配かけてしまうだけ。
小さく息を吐き出して、次のページをめくる。
「すごくよく会ってるんですね」
ページをめくっても私と蓮はあまり成長していない。
日付を見返せば多い時で月に3回ほど会っている。
近所だった、とかなら分かるけど、私が両親と暮らしていた場所は祖父母の家よりさらに遠いところだった。
「栞ちゃんのお母さんは妻の心の拠り所だったんだよ」
私の疑問に気付き、答えをくれたのはお父さんだった。
「人付き合いが苦手な妻は周りのママさんたちと仲良く出来なかったんだ。その上、東堂の嫁として義母から厳しく当たられ、蓮も夜泣きがひどくて精神的に参っていた。だからわたしが由乃さんに早めに会えるよう連絡したんだ」
「あれ?さっき『待ちきれなくて』なんて言ってなかったっけ?」
蓮の指摘を、お父さんが苦笑いで答えた。
「都合よく記憶を塗り替えてるんだろ。本当はあのとき『外に出たくない。由乃さんとも会いたくない』って騒いで大変だったんだ」
お父さんの言葉を受けてお母さんはぺろっと舌を出した。
その仕草が可愛くてクスリと笑うとお母さんが話を続けてくれた。
「由乃さんは鬱気味で見る影もなかった私を笑顔で受け入れてくれたわ。今の栞ちゃんと同じように柔らかな笑顔で。その顔見たらもう我慢出来なくて由乃さんの胸に飛び込んで日頃の愚痴を一気に吐き出したの」
そう言ったお母さんは写真の母の笑顔にそっと触れた。
「迷惑だったと思う。でも真摯に受け止めてくれて。ときには私が由乃さんの悩みを解決することもあったのよ。でもそれは由乃さんが私に自信を持たせるためにしてくれたことだって後になって気付いたんだけどね」
「本当に由乃さんには助けられた。妻の精神が健常に戻ったのは由乃さんのおかげだよ」
お父さんもお母さんと同じように写真の母を見て、懐かしそうに目を細めた。
死してもなお人から感謝される母を誇らしく思えた瞬間だった。
「私は今でもよく由乃さんのことを思い出すの。分け隔てなく接してくれて、いつも笑顔で大好きだった。だから由乃さんとおばあちゃんになるまでずっと一緒にいたかった」
言葉に詰まるお母さんの方を見ると小刻みに震えていた。
鞄からハンカチを出してそっと手渡す。
「ありがとう」
ハンカチを受け取り、目元を拭ったお母さんは私が一番知りたかったことに触れた。
「蓮と栞ちゃんの婚約を提案したのは私なの。そうすれば由乃さんと離れることは絶対にないと思ったから。だから『栞ちゃんを蓮のお嫁さんにしてもいいかしら?』って言ったのよ。そしたら『栞がいいって言うなら喜んで』って言ってくれたの。でもあの事故があって…」
ついに俯いてしまったお母さんに代わってお父さんが話を続けてくれた。
「栞ちゃんのご両親がバスの事故で亡くなったのは知っているかい?」
「はい」
頷いて答えるとお父さんも頷いて、それからあの日のことを教えてくれた。
「あのバスには私たちも一緒に乗車していたんだ…」