突然現れた御曹司は婚約者

「東堂の会社は全国に展開しているんだが、その中で栞が住む地域を半年前くらいから親父に任されたんだ。しかも仕事の関係で融資を受けるに当たって、わざわざ親父は栞が働く信用金庫に連絡してくれて、手筈を整えてくれた。その時点で変だな、とは思ったんだよ。メガバンクを使っていたから。でもまぁ、知り合いなら仕方ないか、と思って足を運んだんだ」


なるほど。

そういうことなら仕向けられたと思うのも無理はない。



「でも、どうして私に気付いたんですか?」


お父さんは私の名前や姿まで伝えていたのだろうか?


「いや、親父はただ信用金庫に行くよう言っただけだった。でも、あのとき、店に初めて行ったとき、外を掃除しているひとりの女性の声が気になったんだ」


毎朝欠かさず掃除はしているけど、当番制であって、その声が私であるとは限らない。

まして蓮のような目立つ見た目の男性は一度目にしたら忘れないだろう。

でも私は蓮の姿を見た記憶がない。


「俺は裏口から出入りしてたから知らなくて当然だ。ただ、車を降りたとき、その女性の『おはようございます』の声が耳に届いた」
「駐車場まで聞こえるとは思いませんが…」
「でも聞こえたんだよ」


私を見て微笑んだ蓮の柔らかな笑顔に胸がトクンと反応する。

それを知ってか、知らずか、蓮は私の心がじんわりと暖かくなるような話をした。


「どこか懐かしいその声は疲れた体にすっと染み渡る、癒しのある、すごく気持ちのいい声だった。不思議とやる気が漲るというのか、心がパァっと明るくなるというのか。今思えば幼い頃に聞いていた声だったからなんだろうな」
「姿を見たわけではなかったんですね」
「あぁ。でも気になって表口へと足を運んだんだ。ただそのときの女性は後ろ向きで顔が見えなかった」


ウーロン茶をひと口含んだ蓮はフッと小さく笑ってから、真っ直ぐ私を見て、私の頬に触れながら続けた。


「栞の可愛い顔を見れたのはそれからひと月先だったよ。見たい見たいと思っていた分、ハードルは上がっていたのに、それを凌駕するほど栞の笑顔は可愛かった」


どうしよう。

否定したいのに、手を払いたいのに、ドキドキして声も手も出せない。

固まる私の頬を蓮は柔らかく撫でて、そして言葉を重ねた。
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