突然現れた御曹司は婚約者
「戻って生けてこよう」
戻ろうとする蓮を助手席から声を張り上げて止める。
「いいんです!それは東堂さんの…蓮さんのお母さんに、なので」
「俺の?」
車に乗り込み、不思議そうに首をかしげる蓮に、蓮には渡すべき母がいるということを伝える。
「私の母の分だけしか買っていなかったでしょう?だから、蓮さんから日頃の感謝を込めて渡してあげてください」
どうぞ、と手のひらを向けると蓮は唇を噛み締めて俯き、絞り出すような声で私の名を呼んだ。
「栞…」
「ど、どうかしましたか?」
余計なお世話だっただろうか、と焦り、俯いている蓮の顔を覗き込む。
するとそのタイミングでガバッと顔が上がり、至近距離で見つめ合う形になってしまった。
ドキッと鼓動が一際大きく跳ねる。
と同時に蓮が私の両肩を掴んだ。
「キスしたい」
「はい?!」
なんで今?!
「俺に気がある女はこういうことをあからさまにあざとくやるんだが、栞は違う。純粋に俺のこと、母親のことを考えて買ってくれた。そのことがすごくよく伝わってきて、狂おしいほど愛おしく感じる」
「いや…あの…だからってキスっておかしくないですか?」
顔を背けるもすぐに蓮の手で元の位置に戻されてしまう。
「もう愛おしくてたまらないんだ。その優しさも、優しさが溢れる柔らかな笑顔も、言動ひとつひとつが、全て愛おしい」
そう言いながら蓮の視線が私の口元に下がったことが分かった。
そして分かったときにはもう遅い。
静かにゆっくりと蓮の唇が私の唇に重なった。