Room sharE
タナカさんは黒ビールを私はエル・ディアブロをもう一杯注文して、それぞれの飲み物が出てきたとき私たちは改めてグラスを合わせ乾杯をした。
「何に乾杯を?」私が聞くと
「再会に」とタナカさんはうっすら笑う。
キザな台詞だったけれどタナカさんが言うと全然不自然じゃないから不思議ね。
私たちはグラスを合わせ互いに一気に半分程飲んだ。独特の甘味とアルコールの熱が喉を通り、胃の中に流れ込む感覚を味わいながらグラスをテーブルに置くと、タナカさんが頬杖をついて私の方をじっと眺めていた。
その視線は射るような鋭いものではなかったけれど、観察するような…或は興味深い何かを見るようなものだった。それは少し色っぽいものにも感じられた。誘っているかのような……
『見つめる』と言う言葉の方がしっくりくるかしら。
「何かしら」と言う意味で視線を送り返すと
「昨日言ってたことだけどさ……あの部屋が事故物件だってこと…」と視線とは反対に探るような口調で切り出されたとき正直拍子抜けした。
「ああ……あの部屋で自殺者が出たのは、一年前よ。別の部屋の、一年前の入居者なら全員知ってることだわ。昨今なら別に珍しくないことじゃなくて?
それに今は事故物件であること告示しなければならないのでしょう?隠しても噂なんてすぐに出回るし、仕方のないことよ。あなたは隠したがっているように思えるけど」
「そんなことはない。ここだけの話、確かに事故物件扱いだからあの部屋は通常の三分の一の価格で売値を付けているけど」
タナカさんは声を潜めて、私の方に近寄ってぼそぼそと耳打ちした。
「それでも売れない?」
「なかなかね。家やマンションなんて買い物は一生のものだから。ほら、今は安さにつられてわざわざ事故物件に住む人も多いとか話題になってるけど、あのマンションは三分の一の価格とは言え決して“可愛い”値段じゃない」
「営業さんも大変ね」苦笑いでエルディアブロを一口口にすると
「随分あっさりしてるんだね。怖くないの?」
そう聞かれて、私は目をぱちぱち。
「怖い?何が?」
「隣の部屋だよ。一年前の“事故”のとき、君は部屋に居なかったのか?」
「居たわよ。ただ四十階だし、外が騒ぎになって救急車とか警察とか来て、サイレンの音でようやく気付いたところ。“落ちた”音は聞かなかったわ」
あっさり言うと、タナカさんは再び顎を引いてちょっとだけ眉間に皺を寄せた。
「隣室の人とは親しくなかった?お隣さんでしょう?」
またも突っ込んだ質問が来て、今度は流石に不審に思った。
「何でそんなことを?確かに“彼女”とは年齢も近かったし、似たような境遇だったから仲良くしてたけれど、時々ランチに誘ったり誘われたりしただけよ?」
「そんな仲だったら余計怖くなったりしないのか?一人暮らしだろ」
随分とくだけた口調になってタナカさんが返してくる。気づいたら彼のグラスはもう底が見えていた。
まるで誘導尋問ね。それもとても上手な。
私はちょっとだけタナカさんの方に身を乗り出すと、挑発的に笑った。
「知ってるくせに。
―――彼氏が居るのよ。
“彼”が居るから全然怖くないわ」
うっすら笑って私がグラスを傾けると
「知ってる―――
男が放っておかないタイプだ」
同じように含みのある笑顔で答え、そのセクシーな目元を細めた。