Room sharE
「お口がお上手なこと」
ちょっと冗談混じりに言って、肩を竦め私は空になったエル・ディアブロのグラスをカウンター越しのマスターに返すと
「帰るわ。楽しかったわ、タナカさん」
とだけ言ってスツールから腰を降ろした。五千円札をテーブルに置いてバーテンに
「彼の最初の一杯もこれで」と小さく言ってその場を立ち去ろうとした。
タナカさんの後ろを通り抜けるように身を翻すと、私の腕をタナカさんが取った。やや強引とも呼べるその行動に、足が止まった。でも嫌な気はしなかった。
手にしたケーキ屋で買った袋が揺れ、家で待っている彼“ユウキ”の姿が一瞬だけ脳裏をかすめた。
けれど―――
「マスター、ウォッカを二杯。ショットで」
と私の腕を掴んだまま、勝手にバーテンに注文している辺り、『やや』ではなく『かなり』だけど。
「エル・ディアブロなんて粋な飲み物を知ってるぐらいだ。イケる口でしょう?」
タナカさんはほんの少し残ったビールを一気に飲み干し、そのセクシーな口元が挑発的にニヤリと動いて、その薄い唇を赤い舌がそっとなぞった。
「随分強引なこと」呆れたように言ったけれど、本当は違う。
彼“タナカさん”ともっと―――………一緒に居たい。
愛と憎しみは表裏一体。
こんなことユウキが知ったら、彼は何て思うかしら―――
私を憎む?
いいえ、彼にそんな感情はない。だって“最初”から私のこと愛してなどいなかったもの。
そんなこと分かり切っていたのに、ほんの少しの希望に縋っていたバカな過去の私を嘲笑うように、今魅力的で極上のオトコが目の前に居る。
だから
私は
この瞬間だけタナカさんを選ぶわ。