Room sharE
彼の話は面白かった。私は彼の話に始終笑った。こんな風に声を挙げて笑ったのは随分久しぶりのことだ。
ハンサムでセクシー。おまけに服のセンスが良くて、話し上手と来たら女が放っておかないタイプだ。アルコールが入って体温が温まったのか、耳の後ろから何だか柑橘系とヴァニラを混ぜ合わせたような不思議な……けれど、とっても上品な香りが漂ってきて、それがまた何だかそそられる。
気付いたらウォッカのショットグラスはもう四杯を超えていた。
五杯目のショットを二人で一気に飲んで、同じタイミングでグラスをテーブルに叩き付けたとき、何を話して何に笑っているのか分からなくなっていた。たぶんタナカさんも同じ。
「一応、営業課の課長ってことになってるんだけど、課の人間はみんな上司扱いしてくれなくてね」
いくらか呂律の怪しい口調で手をふらふらと振って、
「ああ、そうだ。名刺……俺、名刺渡してなかったよね~」
と、これまた危うい手つきでスーツの中をごそごそとまさぐっている。何とか胸ポケットから革の名刺入れを取り出すと、ゆらゆらした手つきで一枚取り出した。白字にオレンジのロゴで“ZEALE不動産”と書いてあって、その下に
“第一営課 課長 田中 修一”
と、書いてある。私が定まらない視界の中なんとか字を捉えて
「たなか しゅういち」と読み上げた。
「そ。俺の名前」それだけ言ってタナカさんは私から名刺を取り上げると、テーブルに置いていかにも高そうな万年筆で名刺の裏に何かを書きつけた。
“090-XXXX-XXXX”
ケータイのナンバーだった。
「これ、俺のスマホナンバー。何かあったら、なくても連絡してくらさい」
タナカさんは子供のようにへらへら笑って、再び名刺を私の手に戻した。完全に酔っぱらってるみたいだ。
私だってさすがにウォッカのショットを五杯……だったかしら、六杯……もしかして七杯かも……とにかくそれだけ飲んだら酔うわよね。私も危うい手つきでそれを何とか手帳の中に仕舞い入れた。その際にタナカさんのあのきれいで細い指が私の指に触れ、そしてタナカさんの指が私の指に絡まった。
「何か?」と言う意味で顔を上げると、タナカさんはいくらか頬をバラ色に染めて少年のように屈託なく笑い
「きれいな手だ」と笑んだ。
「ありがとう」そのまま手を離そうとしたけれどタナカさんの手がそれを阻んだ。
「もっと触れていたい。君の……きれいな指に」
またも呂律の怪しい言葉で言われて、私も少し酔っていたみたいだったから、悪い気はしなかった。
「名刺が仕舞えないわ」くすくす忍び笑いのような笑い声を漏らして、片手で何とか手帳の中に名刺を差し込む際に気づいた。
昨日聖書の中に挟んであった薔薇の“栞”が手帳の内ポケットに仕舞われているのを見て、私はそれをつまみ上げた。
「ねぇ。昨日いただいた聖書の中にこんな栞が挟んであったのだけど、挟んだのタナカさん?」
「さぁ~知らないなぁ~」とまたへらへら笑う。そして笑いを途中で変な風に止めて、タナカさんはくしゃみをした。
「ここ、ちょっと冷えるな」
「そうですか?暖房強めに入れてるんですけど。もっと強めましょうか」
バーテンがエアコンのリモコンを手にして、私はその手を制した。
「大丈夫よ、流石に飲み過ぎたから今日は帰るわ。ほら、タナカさんも行きましょう」
「え~、俺まだ飲めるんだけどぉ」とまるで子供のようにぐずる。
「明日も早いんでしょう?」
何とか理由を付けて立たせると、「分かりましたぁ~」と言ってタナカさんは立ち上がりよろける足取りで……そして幾分かましだった私が彼の腕を取って半分支える形で歩き出した。