Room sharE


着信はエツコからだった。


エツコはちょっと私用があって私のマンション近くまで来ていたらしいけれど、その後の暇を持て余しているからランチでもどうか?と言う話だった。


もちろん、私もタナカさんと会えない今、同じく暇を持て余している口だったから、オッケーしたけれど。正直言うとてっきりタナカさんから電話が掛かってきたかと思って一瞬ドキドキもした。でも考えたら私タナカさんに電話番号教えてないし。第一そんな運命的なことってないわよね。


エツコが指定してきたのは、私のマンション近くのイタリアンのお店だった。隠れ家的に建っているひっそりとした一軒家がお店になっていて、入り口は春先になると様々な木々や花が彩り洒落たイングリッシュガーデンを思わせるような店構えだ。けれど紅葉も終わった今、木々は殺風景な枝を空に向かって伸ばしている程度で、妙にこざっぱりとしている。


テラス席があって、真冬の寒さの中エツコはその場所で座って待っていた。木々の枝の隙間エツコが手を振っていたのだ。


聞けば、室内の食事できるホールは今日に限って喫煙者が多いのだという。店内は分煙されていない。私もエツコもタバコの煙は苦手だ。だから敢えて屋外にした、と言う。


食前酒のアマーロを飲みながら、頼んだアンティパスト(前菜の盛り合わせ)を食しているときだった。


「そういえば彼、どうなったの?」と同じく食前酒のカンパリを飲みながらエツコが唐突に聞いてきた。


私はオリーブのピクルスを飲み込みながら、「ここのピクルス最高ね」と考えてた最中だった。だからエツコから“彼”なる単語が出て彼……?と一瞬考え込んだがエツコが


「売れないミュージシャンの」と添えてくれて、「ああ」とようやく合点がいった。考えてみれば私の彼氏はユウキで、タナカさんの存在をエツコは知らない。


「いい加減ヒモで浮気男なんて最低彼氏捨てちゃいなよ」


とエツコは辛辣だ。まぁ確かに誰が聞いてもエツコと同意見だろうけどね。


私だって一体ユウキの何に縋っているのかすでに自分自身謎だ。でも、楽しい時期もあったのよ?それは間違いなんかじゃなかったし無駄でもなかった。と思いたい。


私は生ハムスライスをフォークですくって


「どうもしないわ。家に居るわよ。外出禁止にしてるの」と報告すると


「ね、本当のところはどうなの?こないだ見せてくれた鍵、ホントは手錠の鍵なんじゃないの?」


と身を乗り出して小声で問いてくる。





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