Room sharE
私も――――……と言う言葉は飲み込んだ。
いくらタナカさんが少女だった頃の私の気持ちを思い出させてくれても、それに浸ってはいけない。
私には―――ユウキが居るから。
昼にエツコと会ったとき、彼女は言った。『一向に芽が出ないミュージシャンの金食い虫なんてさっさと捨てて、新しい男に乗り換えなよ』と。
私もそう思うし、そうしたいと思うわ。
でも不思議ね。ユウキのこと、私きっと忘れられないと思う―――これからずっと……一生―――ね。
「そんなところで遊んでないで早く部屋に入りなさいな」
わざとつっけんどんに言って、私は苦笑い。本当に文字通り、苦い笑みだった。無理して笑った。
タナカさんが肩をすくめたように思えた。
『分かったよ。その前に一つ……今日会えなかったから明日ランチでもどう?』
明日―――……また随分急なお誘いだこと。若さかしら。勢いで誘ってくるところとか。カレシ持ちだと分かってもめげずに……無鉄砲とでもいえるかしら。そう言うの
嫌いじゃないわ。
「いいわ。また明日連絡する」これ以上長電話すると、ユウキに不審がられる。早く戻らなきゃ。
通話を切ろうとしたけれど、タナカさんはまだ続ける。
『何かに!』
いつになく強い口調で切り出されて、通話を終える筈だった指は止まった。
『何かに―――……
悩んでいるんだったら、話聞く』
悩み―――……?
「何言って……悩んでることなんてないわ」
『嘘だ。君は俺に隠してる。
うまくいってないんだろ。カレシと―――』
虚をつかれて目を開いた。
確かに彼、ユウキの話をほとんどしなかった。でもそれはタナカさんと出会ってまだ日が浅いからで―――……二人の仲を話す程の関係ではないし、昨日今日知り合った関係のタナカさんにとやかく言われる筋合いはない。
見抜かれたことと、ほんの少しの苛立ちと―――……でも何に対する苛立ちかは私自身分からなかった。
『俺は居る。
壁の向こうに――――
君の傍にいつでも居る。だから―――困ったこととか、辛いことがあったら
扉をノックして』
それだけ言って、通話は一方的に切れた。
何よ……言うだけ言ってそれはないじゃない。とちょっとむくれてみせたけれど、でも手の中のスマホが熱い。
そう、私のすぐ近くにはタナカさんが居る。
タナカさんはノックすれば手に入る存在――――……すぐ近くに居るのにうんと遠く感じる彼氏のユウキより
ずっとずっと近く、あなたの存在を感じる。
熱くなったスマホをしばらく眺めて、一つため息をつくと吐く息が白かった。そろそろ本格的に冷えてきた。雪でも降りそうな気温だ。
私はローブの前を掻き合わせて早々にリビングに入った――――……ところでギクリとした。
ユウキが、無言で私をじっと見つめていた。ただ濁った視線を私に向けて。
テーブルに出しておいたジェラートは手つかずのまま、ドロドロに溶けていた。
――――『恋愛のはじまりって、こんな風にドロドロに溶けた感じよね。熱でじわりじわりと溶けだすの。
でも、実際食べてみるとそれはおいしくなくて、ただやたらと重い甘味だけが喉の奥に残る』
ふいにエツコの言葉をまたも思い出した。