Room sharE
待ち合わせしていたのは当然タナカさんで、今更彼の出現に驚くことはないのに、何故だか目を瞠った。
タナカさんは濃いめのグレーのスーツにネイビーのワイシャツ、黒のネクタイと言ういでたちで、その上に黒いトレンチを羽織っていた。
若干派手とも言えるファッションだったが、顔立ちが華やかだから違和感なく着こなしている。背が高くてハンサムで、おまけにお洒落ときたら本当に非の打ち所がないじゃない。
ワゴンの前に集まったOLたちがタナカさんを視界に入れたのだろうか。ひそひそとこちらを見ながら話しこんでいる。タナカさんはどうあったって目立つ。あまり注目されるのは苦手よ。
「行きましょう。どこのお店なのかしら」早々に踵を返す。
フレンチ?イタリアン?和食ってのもありね。例えばお寿司屋とか。昼間から中華は胃にもたれそうだけど、二人で食べられるのならそれはそれでありね。
一人であれこれ思考を巡らせていると、
「移動する必要ないよ」とタナカさんはこれまたスマートな仕草でウィンク。そしてワゴン車の方を目配せ。
目をまばたいてキョロキョロしていると、タナカさんがスタスタと歩いてワゴン車の方へ近づく。意味が分からず彼の後をついていくしかできない私。タナカさんは手慣れた様子で
「アンパン二つとホットミルク二つ」と注文した。注文した商品は待つことなくすぐに出てきた。
まさかとは思うけど……
「はい、どうぞ~」とタナカさんが上機嫌に差し出してきて、おずおずと受け取ったそれは紙に包まれたアンパンと、そして同じく店のロゴが入った紙コップ。プラスチックの上蓋の、飲み口から甘い香りと湯気が立ち上っている。
「早いし安いし、おまけに絶品。甘党じゃない俺が唯一食えるアンパン。一度食わせてあげたかったんだよな」
確かにパン屋さんのテイクアウトだから料理の提供時間を待つ必要もないし。お財布にも優しい。特に周辺のオフィスの人たちが気軽に利用できるのは確かだ。味の方は……まだ分からないけれど、さっきからひっきりなしに訪れる客たちを見ていると、味もそれらを裏切らないようだ。
「あっちにベンチがあるんだ。俺、そこで良く食ってんの。行こう」
タナカさんはまたも少年のようにはにかむ。
その笑顔、反則よ。どんなに不味くても、きっと私文句の一つも言えないわ。