Room sharE
その人物は濃いグレーのスウェット上下を身に纏っていて、フードを目深に被っていた。
遠目でも分かったが、その人物は背格好から女だった。あとはよく覚えていない。
乏しい外套に浮かび上がるそのぼんやりとしたシルエットが何故だか幽霊のように思えて気味悪かった。
けれどその人物は死者でもなく幽霊でもなく―――人間だった。
「………の…」
女は低く何かを言ってきて、私は最初タナカさんに何かを言っているのかと思い彼の方をふり仰いだ。けれどタナカさんは少しも動じることなく
「城戸さん……俺の後ろへ……」と小さく耳打ちして私の腕を強く引き私は彼の後ろへと隠されるようになった。
タナカさんの高い背で遮られた向こう側、次の瞬間夜の裏道を女のヒステリックとも言える叫び声が響いた。
「ユウキをどこへやったの!!」
このとき、はじめて気づいた。
この女はタナカさんの知り合いなんかじゃなかった。ユウキの浮気相手の……モデルだ……
顏を見てないから分からないけれど、間違いない。
ゴム底のくぐもった足音が地面を響かせ、こちらに駆けてくる。
「タナカさ……!」私はタナカさんの腕をぎゅっと掴む。モデルが何をするのか分からなかったけれど、私に危害を加えることは分かっていた。
タナカさんを巻き込むわけにはいかない。「退いて!」渾身の力で彼を押し退けようとしたけれど、びくりともしない。
タナカさんはただ向かってくる女をじっと睨んでいる。
こちらに向かって走ってくる女の手に握られているのが、鈍い光を湛えるナイフの切っ先だと気づいたのはそれから数秒ののち。
「―――ユウキを返して!!」
「タナカさん!退いて!!」
モデルと、私の―――女二人の声が夜空に響いた。
無我夢中だった。
タナカさんを押し退けようと。だって彼は無関係だもの。
モデルの……名を何と言ったか忘れたけれど、とにかくこの女に刺される覚悟ぐらいあった。そうじゃなきゃ誰かを本気で好きになったりできない。
私は―――ユウキを本気で好きだったのだろうか。
それとも―――タナカさんを守りたかったのだろうか。
分からない。