Room sharE
いくらあの女が留置所に居ようと、さすがにいつもの裏道を使う気にはなれず、だいぶ迂回して表通りを歩いていつものケーキ屋に足を運ぶと、いつもの人だかりはできてなくて、代わりに見知った後ろ姿を見つけた。
スラリと背の高い―――上質なスーツにコート。黒い髪をラフにセットしてあって……
タナカさん――――……?
彼は何か熱心に店員さんに聞いていて、店員さんの方も同じだけ真剣な顔つきで……と言うかちょっと困惑したような表情で何事か頷いていた。
「タナカさん?」
声を掛けると彼は、はっとしたように目を瞠った。タナカさんは開いた切れ長の目をまたも一瞬の間で鋭くさせると一瞬……そう、本当に一瞬だけ射るように私を見据えてきた。
けれどそれはほんの一瞬で……すぐにまたいつもの柔らかい視線に戻ると
「やぁ」といつも通り気軽に挨拶をして手を挙げる。
「こんにちは。タナカさんどうしてここに?甘いもの好きじゃなかったのでは?」
と聞くと、タナカさんはスマートに肩をすくめてみせて
「君がいつもこのお店のケーキを持ってるから、よほど好きなんだと思ってさ。君にサプライズをしようと考えてたんだけど、失敗に終わった」
キスの次は、差し入れ作戦?随分短絡的だこと。
でも女ってサプライズが好きなの。特に気になってる男性だったら尚更、ね。
生憎の失敗だったけれど、でも気持ちが嬉しい。
私はタナカさんの横に歩いていって、ショーウィンドウの中のケーキたちを覗き込んだ。赤や黄色、グリーンや、ピンクと言った色鮮やかなフルーツたちで彩られたケーキたちは私の目にはまるで宝石のように映る。
でも時間が時間なだけに、いつもぎっしりと埋まっているケースの中は空白の空間が目立った。
ここ一週間ほど、毎日のように来ているからすっかり店員さんとも顔なじみだ。大学生ぐらいだろう、頬に散ったそばかすがチャーミングなその子に
「今日はブルーベリーのタルトにしようと思うんだけど、ここにないのね?もう売り切れちゃったのかしら」
と聞くと「申し訳ございません。たった数分前に完売してしまいまして」と女の子は申し訳なさそうにケースの中を覗きこむ。
あなたが悪いわけじゃないのに。
でも……
「こっちのブラックチェリーのタルトもうまそうだよ?」とタナカさんがブラックチェリーのタルトを指さして、チェリーか……あまり考えになかったけれど、たまには趣向が違ってもいいかもね。
私はタナカさんの意見に素直に頷き、それに決めることにした。バッグから財布を出そうとすると、それよりも素早くタナカさんがスーツのポケットからお財布を取り出し、
5,000円札をショーケースの上に置いた。
「お預かりいたします」店員の女の子は素直に5,000円を受け取り、ブラックチェリーのタルトを持って店の奥へと引っ込んだ。