Room sharE
店員さんを止める間もなかった。それぐらいタナカさんの行動はスマートで。
「悪いわ。払ってもらう義理もないし。それにいつも御馳走してもらってるもの」
そもそもこのケーキは自分が食べるようではなく、ユウキへのお土産用なのだ。結果、自分も食べることになるけれど。
もちろんそんなことタナカさんには言ってないし、本人も知る由もないだろうが。
「じゃぁさ、夕飯御馳走してよ。どこでもいいからサ。俺もう直帰だしどっかで食って帰ろうと思ってたから」とタナカさんは白い歯を見せて爽やかに笑う。
屈託ないその無邪気な笑顔に、とことん弱い私。
「いいわよ」とも「無理よ」とも言ってないのに、それより早くタナカさんのスマホに電話が入り「ちょっと失礼」と彼は断りを入れて店の外へと出て行こうとした。鳴り続ける着信音に顏をしかめながら私の方を振り返って
「駅前にうまい居酒屋があるんだ。そこにしよう」と、勝手に決めてるし。少年のようにあどけないと思ったらちょっと悪い大人のように強引だし。
タナカさんには―――色んな顏がある。
「素敵な彼氏さんですね」
いつの間にかケーキを包んだ袋を掲げて、お店の女の子がにこにこ。
「彼氏じゃないわ」
と言う言葉はでてこなかった。代わりに
「いつもありがとう。明日は―――
イチゴのショートケーキを予約しておくわ。取りに来る」
「イチゴのショートケーキですね。お待ちしております」
「一番好きなのよ、イチゴのショートケーキ。私も―――ユウキも。」
「ユウキ……さんておっしゃるんですか、彼氏さん。名前もステキ」
女の子はちょっとだけ身を乗り出して、店外で何やら真剣な顔つきで電話をしているタナカさんを目配せ。
私はその言葉に頷くことはせず、ケーキのビニール袋を受け取った。
「私、一番好きなものって最後にとっておく方なの。
だから、明日は最高においしいイチゴのショートケーキをお願いね」
それだけ言って、私は店を出た。
「最後……?」女の子の不思議そうな呟き声が聞こえたけれど、それを聞かなかったことにした。