Room sharE



タナカさんが言うおいしい居酒屋って言うのは、言葉通り駅前にあった。赤いのれんに黒文字で「居酒屋ばんざい」と書いてある。


ちょっと古風な……一昔前に流行ったであろう造りのその店はそれほど大きくなく、所せましとテーブルが並んでいて、そのどれも会社帰りのサラリーマンたちで埋まっていた。


私たちはカウンターの隅に並んで腰掛け、メニュー表を眺めた。当たり前だけど、から揚げだとか枝豆だとか定番の居酒屋メニューの文字が並んでいて、正直戸惑った。


こうゆう所に来るのははじめてに近い。何がおいしいのか分からず、オーダーは全てタナカさんにお任せした。


『とりあえず』で頼んだビールが運ばれてくる前、おしぼりで手を拭いながら、タナカさんが目を細めてカウンターに乗せられたケーキの箱を目配せ。


「チェリーパイを選んだのにはちゃんと理由があるんだ」


「理由?どんな……?」





「チェリーの茎を舌で結べると、キスがうまいって言うだろ?


あれ、俺できるの」





タナカさんはどこか悪戯っ子のように意地悪そうに微笑んだ。悪魔の微笑み、とでも言えるほどその微笑は蠱惑的で、同時に強く、強く――――……惹きこまれる何かがあった。


それは墜落した天使、ルシファーのようにも思える。


タナカさんに貰った聖書に出てきたルシファーは、天使たちの中で最も美しい大天使であったが、創造主である神に対して謀反を起こし、自ら堕天使となったと言われる。


『明けの明星』をさすラテン語でもあり、その名は私に光をもたらしてくれるのか






それとも地獄を見せるのか―――





私がそんなことを考えているとは露知らず、時だけは無情にも……でも確実に流れていく。どれだけの沈黙があったろう。その沈黙を破るように


「お待たせしました!生ビールと、焼き鳥盛り合わせ、海老とアボカドのサラダ、えいひれです!」とこれまた威勢の良い店員さんの声ではっと我に返った。店員さんが述べたメニューがずらりとカウンターに並べられ、彼が立ち去ると


「チェリーの茎を舌で結ぶこと?呆れた……そんな理由で選んだの?」


と、ようやく口にすることができた。


「ね、試してみない?」と言われて、膝の上に置いた私の手にこれまた自然な仕草で重ねられる。


「……外よ…それにまだ……」


言いかけた言葉をタナカさんの言葉に遮られた。


「酔ってないと、できない?カレシに悪いから?罪悪感とか、あるんだ」


挑発的に言われて―――


「私は―――……」と何かを答える前に


「カレシを裏切ること。それは罪に値するのかな」


「何言って……当たり前……」またも言い掛けた言葉をタナカさんの言葉によって遮られた。彼は私の顔に耳を寄せると、囁くようにそっとこう呟いた。




「だって君のカレシだって、浮気してるんだろう?


だったらおあいこじゃないか。



それに一人で罪に堕ちるわけじゃない。堕ちさせない。俺たちは――――



共犯者だ。





――――罪の共有だ。



共に堕ちよう」










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