Room sharE



結局運ばれてきたビールや食事には一切手を付けることなく、入ってまだ十五分程度しか経っていないのにも関わらず私は席を立った。


「これで足りるかしら」と言って一万円札をテーブルに置き、わき目も振らず店ののれんをくぐった。


居酒屋からは「ありがとうございました~!」とさっきの店員さんの声が聞こえてきたけれど、その後何だか店員さんが慌ただしく何かを喋っていた。けれどはっきりとその会話を耳に入れることなく、私は店を後にした。


居酒屋からマンションまで歩いて7~8分ぐらいと言うところだ。


五分程早歩きで歩いたとき、


「待てよ!」


タナカさんの大きな声が私の背を追いかけてきた。


それでも私は彼の言葉に見向きもせず、足を速めた。ここで走るのは何だかかっこ悪い気がしたから。男から逃げる女なんて、三流ドラマみたいじゃない。


「待てって!」タナカさんが駆け足で駆けてきて、私のすぐ隣に並ぶ。


「何?侮辱したこと怒ってるの?謝ってほしいの?」わざと挑発的に言ったものの、彼にその攻撃は効かないらしい。


「違うって。危ないから、送ってく」


「必要ないわ。もうマンションも見えてるし」


「そうゆう問題じゃないだろ」


「じゃぁどうゆう問題」


「自覚を持てって言ってんだよ!分かんないのかよ!


昨日襲われたばかりだろうが!!」


タナカさんの口から飛び出た言葉は歳相応のどこか青くさい台詞だった。意外……でもこれが本性って言うヤツなのね。いかにも“男の子”って感じ。でも、そうゆうのって結構悪くはないものね。


それに私たち、まるで“普通の”恋人同士が喧嘩してるみたい。


「頼むから、送らせてよ―――あんたに何かあったら、俺一生後悔するし」


呼び方が“君”から“あんた”に代わってるし。やっぱり―――青くさい。


タナカさんが苛立っているのは分かる。自分の思い通りにならない女を追いかけるのは彼にとって不本意なことだろう。


けれど、不本意なことを平気でできちゃうのは若い証拠。歳を重ねると自分の考えに頑固になる一方だもの。


私を守りたい、と言った言葉は嘘ではないようだ。


そして私はこの状況を


心のどこかで楽しんでいる。


こんな風に喧嘩をしたこと、実ははじめてだから。


言い合いながらもいつの間にかマンションまでたどり着き、そしてエレベーターが来たときも言い合いが収まることなくその流れで同じエレベーターに乗り込むことになった私たち。




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