Room sharE
タナカさんは――――いいえ……きっと偽名よね。でも私にとってやっぱりタナカさんはタナカさんで。
指摘されたタナカさんは、否定したり狼狽することはなかった。
ある程度こうなることを予想していたのか、それどころか、どこかこの状況を楽しむかのように口元を歪め
「やっぱり君は頭が良いな。
何故分かった。いつから気づいた」
と質問を繰り出した。私の指摘に一ミリも動揺しない辺りプロね。徹底してる。
今までの少年のような彼はもう欠片もない。ただベッドに腰掛け、引きしまったセクシーな半身を見せているのは
一体誰だったんだろう。
「最初から。まぁ最初は『この人絶対不動産会社の営業マンじゃないわね』って。その程度よ」
「何故?」タナカさんが興味深そうに目を細める。
「着ているものが高価過ぎるわ。私の目を侮ってもらっちゃ困るわよ。上から下までどれもイタリアやフランスのデザイナーのものだもの。日本ではまだ未発売の、ね。雇われサラリーマンが買える代物じゃないもの」
「未発売だからこそバレないと思ったんだが」
タナカさんが頭に手をやる。
「私、方々に顏が利くの。もちろん知人にデザイナー関係の人も居るわ。調査不足ね、刑事サン」
タナカさんは軽く咳払いをして肩を竦める。
「今回は何せ時間がなかったものでね。急場しのぎだ」
「刑事さんじゃないかって疑ったのは二日目。私が車に轢かれそうになったときよ。あなたは逃げ去る車のナンバーを一瞬にして記憶した。素人では到底無理よ。あのとき、やっぱり酔ってなどなかったのでしょう?」
「まぁ??ありがたいことに、俺、酒で酔ったことほとんどないんだワ。あの程度で酔わないし……
てか見抜かれてたか~……」
タナカさんは悪戯が見つかった子供のように視線を泳がせる。どこか蓮っ葉な物言いさえも、男の色気を感じる。
だけど、こんなときでさえ―――
可愛い、と思ってしまうのは、タナカさんのこと好きになった悲しい女のサガね。そのサガを打ち消すように私は続けた。
「さらに確信が持てたのは、その次の日。
あなたは――――私にさりげなく忠告してたのね。
あんぱんと、ホットミルクで。
刑事ドラマってあんまり見ないけど、張り込みをする刑事さんの定番だとか」
「まぁね。
でもイマドキあんぱんと牛乳で張り込みなんてしないし。普通におにぎりとか食ってるしな」
タナカさんは少年のように白い歯を見せて苦笑い。
「でも分からないこともあるわ。何故―――再三に渡って忠告を?聖書に薔薇の花の栞を挟んだのもあなたでしょう?」
それに関しては何も答えてくれなかった。ただ黙りこんで、彼はベッドから抜け出るとスーツパンツを足に通した。
やがてベルトを付けると彼はようやく口を開いてくれた。
そうやって………一枚一枚衣服を身に着けていくと、
あなたはただの“男”から“刑事”に―――変わっていくのね。