Room sharE
タナカさんの言葉に私は笑うのを止めた。
「可哀想……ですって?私が?」
自分の胸に手を当て、ちょっとだけ蓮っ葉な感じで口元を歪めると、タナカさんはまた一歩近づいてきた。
その足取りは酷く慎重だった。
「可哀想だよ。
君は自分が誰にも愛されない、と思っている。
そんなことはない」
タナカさんはそっと手を差し伸べてきた。私はその手を取ることは――――
できない。
代わりにタナカさんの冷たくなった両頬をそっと、温かい手のひらで包み込んだ。
「そうね。
あなたが私を愛してくれた。こんな私を。全部知っていながら私を受け入れようとしてくれている。
あなたが
――――酷い男なら良かったのに
最後の最後で
私は――――ユウキを裏切った。
ずっと一緒に居るって言ったのに……心はずっとあなたにあるって、言ったのに」
私はタナカさんの頬から両手をそっと離すと、彼の胸をそっと押した。油断していたのだろう、タナカさんはあっさり後退して僅かによろけた。私とタナカさんの間に距離ができる。
「なぁ……とにかく中に入ろう。ここは冷える。話なら中で聞く」彼が再び手を差し伸べてきたけれど、今度はその手を見向きもせず私はまっすぐに彼の黒い瞳を見つめ返した。
「部屋の中も冷えるでしょう?」
そう言うとタナカさんは部屋の方を振り返り、クローゼットがある辺りに視線をやる。
その隙に私は片足だけ乗せていた足をバネにして、もう片方も乗せた。テラコッタの床から片方の足が離れると、地上に居る感覚が曖昧になった。木の温もりが気に入って買ったイタリア製の高級椅子も、今はただ
冷たい。
タナカさんが振り返ったとき、私はすでに両脚を椅子に乗せていた。椅子の上に立つ形になった私を見て、タナカさんが目を開く。そしてゆっくりと、私を見上げた。彼の高い背を見下ろすなんて、きっと最初で最後ね。
彼は眉を寄せ、両手をゆっくりと広げた。
「何をやってる。危ないから。
そこから、降りるんだ」諭されるように言われて、けれど私は彼の言葉を聞き入れることはしなかった。ゆるゆると首を横に振ると
「頭の良いあなたなら分かるでしょう?ねぇタナカさん。
ショートケーキ、やっぱり一人で食べてくれない?」
タナカさんは眉間に刻んだ皺を一層深くして頭を横に振る。
「それはできない」
「ああ、甘党じゃないものね」
「そう言う意味じゃない。一人で―――なんて無理だ。
君を―――……」
言いかけた言葉を私は被せた。
「全部嘘だったと思いたくないわ。あなたが酔ったフリして話してくれた恋人の話、あれは本当のことなんでしょう?」
タナカさんに問いかけると彼はゆっくりと目を閉じて眉を寄せ、眉間に皺を刻むとゆるゆると大きく頷いた。
「好きだった……本当に。心の底から愛してた。最初は―――君にそいつの姿を重ねてた。似ていると言ったのも嘘じゃない。
見た目も中身も―――
強そうに見えて脆いところとか。
俺が傍に居て守ってやりたい、ってそう言ったのも
嘘じゃない。
でも君は言った」
「私はその恋人じゃない、って――――ね」
「そうだ。だから、俺は俺のやり方で……別れた恋人に出来なかったことを、君にしたかった。
俺は恋人を、信じることができなかった。だからあいつは俺の元を去った。
だから俺は
今度は君を―――信じたいと思った。
やっていない、と思うのならそう言ってくれ。俺は―――信じるから。
それが嘘でも
信じるから」
「やっぱりあなたは嘘つきね。今度のは一番酷いウソ。
あなたにそんなことはできない。
タナカさん。
だってあなた、有能な
刑事さんだもの」