凍り付いた恋心なら、この唇で溶かそう。
「それは……ごめん」
このくらい今更でしょうと笑い飛ばしてやりたかったけど、彼にとっては重大なことだったらしく、表情筋をぴくりとも動かさないので、からかうという選択肢は押し殺した。
静かに謝罪の言葉を述べて、乱れた洋服を直すと龍也は返事の代わりに小さく頷いた。それから私はガラス製のテーブルの上に置かれたリモコンを手に取ってテレビをつける。
隣町のスーパーの品物から異物が発見されただとか、大して興味もないニュースを聞き流しながら、私は何でもないことのように言った。
「婚約者に浮気されてた」
龍也はスーツのジャケットを脱ぎかけた状態で動きを止めて、顔だけを私に向けた。
「不思議だよね。それなのに、悲しいとか悔しいとか、何もないの」
企画部署のエースである彼と、同じ部署のマドンナ的存在の新入社員。教育係についたと聞いた時から、なんとなくこうなる予感はしていたから、「ああ、やっぱりか」程度にしか思わなかった。
花が咲けばそれと同じように笑い、辛い時は辛いと素直に泣き、男に甘えられる性格。大抵の男はああいうか弱い女の子が大好きだろう。若ければ、尚更だ。だから特別悔しさもなかった。それがある意味の負け惜しみなのかもしれないけど。
「……好きじゃないのか、そいつのこと」
「わかんない。好きだと思ってたのに、浮気されても何も感じなかったことに驚いてる」
先ほど唸り声を上げていた理由はそこだった。
浮気されたことじゃない。私は彼のことを本気で好きでもないのに付き合っていた、そのことに対する罪悪感と、婚約までしてしまったことに対する後悔の念。
もっと早く気付けていたなら、いくらでもやり直すことが出来たかもしれないのに。
「俺のところに来るか?」
なんて、龍也らしくないセリフに笑い声を上げると、彼は子供のように唇を結んで拗ねた表情を見せた。