契約結婚はつたない恋の約束⁉︎

リビングに入ってきたその(ひと)を見たとき、栞はタカラヅカの男役の人かと思った。

すっきりとした黒髪のショートヘアに、身長は一七〇センチ近くあろうか。
そのすらりとした上背とマニッシュな雰囲気で、ダークグレーのマックスマーラのパンツスーツを見事に着こなしている。
肩に掛けた黒いトートバッグは、一見何の変哲もなさそうに見えるが、マイクログッチシマである。

「……神宮寺先生、この度はご結婚おめでとうございます」

彼女は深々と丁寧にお辞儀した。
まさに百貨店ならではの、お客様に対して日頃の謝意を最大限に込めた礼だった。

「あぁ、ありがとう。わざわざ東京から、こんな山奥にまで来てもらって悪かったね」

いつものように礼儀を弁えぬ話しぶりだが、無愛想な神宮寺としてはめずらしく、これでも「最大限の謝意」をあらわしている。

「いえいえ、ちょうど大阪の店舗に出張する予定がございましたので、どうぞお気になさらずに。
……こちらが、先生の奥様になられた方ですの?」

彼女は切れ長の目を細め、にこやかに微笑みながら栞を見た。二人の目が合う。
すると、彼女の笑みがさらに深くなり、その目尻に小ジワが走った。

……うーん、先刻(さっき)からずーっと考えてんねんけど、この人何歳(いくつ)なんかなぁ。
アラフォーくらいかな?アラフィフってことはあらへんよなぁ?

まさしく、こういう女性を「美魔女」と呼ぶのだろう、としみじみ思った。

「そうだよ……栞っていうんだ」

神宮寺は心なしかはにかみながら「妻」を紹介した。普段の生意気さが影を潜めて、なんだか普通の青年に見える。

「や…八木 栞です」

栞は自己紹介して、ぺこり、と頭を下げた。

「もう『八木』じゃないだろ?」

神宮寺がじろり、と栞を睨む。

……そ、そうや。あたし、たっくんと入籍したんやったわ。

「……ほ、本田 栞です」

……うっわぁ、めっちゃ照れるしぃ。

ふと上目遣いで彼女を見ると、その笑顔が歪んでいるような気がした。
しかし……それもすぐに元に戻ったが。

彼女がスーツのポケットからカードケースを取り出した。バッグと同じマイクログッチシマだ。

「奥さま……お初にお目にかかります。
いつも神宮寺先生には弊社をご愛顧いただき、誠にありがとうございます」

カードケースから一枚の名刺を抜き取り、栞に差し出した。

< 135 / 214 >

この作品をシェア

pagetop