契約結婚はつたない恋の約束⁉︎
「ふん……青山さんまで言いたい放題かよ?」
神宮寺はやわらかな前髪をくしゃっと掻き上げて、ふーっと息を吐いた。
実は、彼の実家の本田家が外商を通して華丸百貨店を利用する際の担当者が登茂子だった。
しかも、神宮寺がただの「本田 拓真」だった小学生の頃からで、いわば「叔母」のような存在の人だ。だから、公の場に出るときのコーディネートを彼女に「丸投げ」しているのだ。
そのとき、栞がつぶやいた。
「……あ、これ、ええかも」
すぐさま、神宮寺がリングホルダーから自分の号数のものを抜き取り、指につけてみる。
プラチナでストレートタイプの、だれがどう見ても間違えようがない「The 結婚指輪」だった。
「……へぇ……なんだか、指輪をつけてる感覚がないくらい『自然』だな」
リングホルダーには軽く数えても五十パターン以上もの指輪が並んでいて、そのすべてが結婚指輪であるため、ほとんどがシンプルな形状だ。たとえ宝石がついていたとしても、小さくてさりげない。
にもかかわらず、いざ自分の指につけてみると、しっくりと馴染むものとそうでないものとがある。毎日つける結婚指輪は、デザイン性よりも違和感なくつけられるものを重要視した方が得策だ。
「そちらは……Jubileeのものでございますね」
トートバッグから取り出して操作していたタブレットを見ながら、登茂子が言った。
「あぁ……鮫島社長のジュエリーブランドか」
神宮寺は著名人たちが集まるパーティでよく会う、壮年の男性を思い出した。
年相応のグレイヘアではあるが、ジムのパーソナルトレーナーのメニューによって鍛えられているすらりと高いその体躯には、細身のイタリアンスーツがよく似合っていた。いわゆる「イケオジ」だ。
……絶対に、栞に会わせることはないけどな。
そもそも、そんなパーティにもすっかり興味が失せた。憑物が落ちる、というのはこういうことなのだろう。
「専属のジュエリーデザイナー・久城 礼子氏の作品で『promissum』という名です。ラテン語で『約束』という意味でございます。
平打ちという角が立ったデザインを損なうことなく、ここまで徹底的にエッジ処理が施されていてつけ心地がいいのは、ちょっとほかでは見られませんね」