契約結婚はつたない恋の約束⁉︎
「……あんたらも、『恋人つなぎ』?」
登茂子が心底呆れた声で嘲笑う。
「おれは、惚れた女を『守ってる』だけさ。たぶん……青山さんの息子と同じようにな」
神宮寺がしれっ、と返した。
つながれた手に、ぎゅっと力が篭った。
……あぁ、そうか。おねえちゃんも、こんなふうに「お兄さん」に守ってもらってたんや。
そして、きっと「あの頃」の気持ちをずーっと忘れられなかったのは「兄」の方もだったに違いない、と思い至った。
「改めて訊きますけど……なんで、姉と『お兄さん』は引き離されやなあかんかったんですか?」
栞の問いかけに、登茂子は「今さら、なにをわかり切ったことを」という顔をした。
「そんなん……みどりと洋史が、神戸の震災のあと、駆け落ちするみたいになにもかも置いて出て行ったからやないの。
そしたら、智史は母親であるわたしが、稍ちゃんは父親である麻生さんが、引き取るのが当然のことやないの?」
みどりとは栞の母親の名で、洋史とは栞の実の父親の名だった。
「でも……本当にあの人らは『なにもかも置いて』出て行ったんですか?
それに……『駆け落ちするみたいに』ということは、あの人らは黙って姿を消したわけやないっていうことですよね?」
登茂子が「なにが言いたいの?」という顔をする。
「ずっと……気になってたんです。
あたしはあの人たちの両方とも、血ぃがつながってるのに、そのあたしを……なんで置いて行ったんかなぁ、って」
だけど今、目の前のこの人を見て、わかったような気がした。
「もしかして……連れて行きたくてもできひんかったからやないですか?」
栞には、この人の目の奥にどんよりとした昏い「澱」が見えるのだ。
その澱みはとんでもなく深いところに沈んでしまっていて、決して表面に上がってくることがない。
……だから、だれも掬って取り除くことができない。