契約結婚はつたない恋の約束⁉︎

「ふん……神崎はあいつと結婚したときに、こんなもの作成したのか?」

神宮寺は、婚姻契約書をさらに細かくべりべり破りながら訊いた。

「 そんなの、作る理由がないじゃないですかっ。わたしたちは『普通』の結婚だものっ!」

しのぶが「なにをあたりまえのことを⁉︎」という顔で答える。

「おれと栞だって『普通』の結婚だっ!
だから、おれたちにだって必要ないっ!」

神宮寺はそう叫んで、もう一通もべりべりするために手を伸ばした。契約書は双方持つので二通あった。

……が、栞がその「もう一通」をひょいっと取り上げる。

「……栞?」

「でも、イスラム教徒(ムスリム)の結婚では契約を取り交わすのが『普通』らしいですよ?
いろいろと取り決めがあるみたいですが、その中にマフルという『婚資金』という(ならわ)しがあって、『前払い』は結納金みたいなものですが、『後払い』は離婚したときの慰謝料らしいです。婚前にあらかじめその額を決めておくそうです」

「ええっ、そんなの離婚するかどうかなんてわかんないじゃない……しかも、これから結婚するっていう一番幸せなときに決めるの?」

びっくりしたしのぶが尋ねると、栞は肯いた。

「でも、さすがにそれは……あの光彩先生でも盛り込まないわぁー」

「もともと今でも親が決めた相手と結婚することが多いそうなので、当人同士ではなく親族同士で交渉するらしいですけどね」

「なんだよ、栞……もしかして、イスラム教徒だったのか?その……マフルとかいうのを決めなくちゃなんないのか?」

またもや(はな)を挫かれた神宮寺は、ひくひくひく…と顔を痙攣(ひきつ)らせていた。

栞はふるふるふる…と首を左右に振る。
育った麻生の家は、敬虔な仏教徒だ。
先祖代々のお骨は、京都の西本願寺(お西さん)の納骨堂で健やかに眠っている。


「じゃあ、栞はまだ『契約』したいのか?
まだ……おれが信じられないのかよ?」

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