契約結婚はつたない恋の約束⁉︎

「……憶測だけでいいかげんなことを言うのは、やめてくれないか」

神宮寺は、今日子を鋭く見据えて告げた。

「あら、だって彼女が拓真の『初めての女』ってことは事実でしょ?わたしはつき合ってるときに、あなたのその口から直接聞いたのよ?
……ベッドの中でね」

今日子は、ふふん、と笑いながら、黒のワンピから伸びたすらりとした脚を組み直した。

「それも……初めての賞をもらった『ご褒美』だったってね?」

ということは、神宮寺が日本ファンタジー小説新人賞を獲った、まだ高校生のときだ。

「へぇ……やっぱり、二人の間には『そういうこと』があったんだ」

別にこれをエサに神宮寺に対してなにかするということは考えないが、編集者という職業柄「事情通」でいたい池原は、いいネタをもらったと思いほくそ笑んだ。

……こんな山奥くんだりまで、二度も来た甲斐があったってもんだ。


まだ極秘だが、近々「女優・八坂 今日子」が結婚するにあたって、古湖社から「語り下ろし」の本が出版されることになり、池原が担当することになった。

暴露本とは質を(こと)にするが、曲がりなりにもこれまでの半生を世間に(さら)す以上、かつて世間を騒がせた「神宮寺との恋」に言及しないわけにいかない。
なので、池原は「第五章/年下のイケメン人気作家『J』との哀しい恋」をより充実させるべく、今日子に神宮寺の「近況」を「情報提供」した。

すると、今日子が「拓真に会いたい」と言いだしたのだ。『会わせてくれなければ、この企画はなかったことに』とまで言われたら、池原も連れてこざるを得なくなった。

だから、こんな山奥のぽつんと一軒家にまた来る羽目になったのだ。


「十代の頃の、たった一回きりのことだ。あれ以来、彼女とはなにもない」

神宮寺はきっぱりと言い切った。
その視線の先には今日子ではなく、栞がいた。

栞は、今日子と池原の前にフッチェンロイターのバロネスの白いカップを置いた。

「栞……おいで」

神宮寺は自分の隣に栞を促した。
栞は座ったあと、お揃いのフランフランのイニシャルマグを自分たちの前に置いた。

そのとき、池原が目敏(めざと)く二人の左手薬指に気づいた。

「えっ、それ……結婚指輪じゃないですかっ⁉︎
やっ、やっぱり……栞さんは『京都妻』だったんじゃないですかっ⁉︎ この前は『違う』って言ってたのにっ!」

……やっぱり、その「効果」は絶大だったな。

今度は神宮寺がほくそ笑む番だった。

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