契約結婚はつたない恋の約束⁉︎
「ねぇ……彼女から『たっくん』なんて呼ばれてるけど……あなた、ほんとに……あの拓真?」
決意が固まったことに比例して、栞を抱きしめる腕に力が篭る神宮寺を、今日子は信じられないものを見る目をして見つめた。
「……もしかして、この山奥に不時着した宇宙人によって、魂を乗っ取られて成り代わられたんじゃ……」
しのぶが言ったのと同じことを言っている。
「うるさい。新婚だからな。
……それに、なによりもおれが栞に逃げられたくねえからこうして閉じ込めてるんだよ」
さらにいっそう、抱きしめる腕にきゅ、と力を込めた。
中で栞が「ぐぇっ」と道路の上に踏みつけられた梅雨時のカエルのような声をあげた。
『傷つき、どうしていいのかわからないに違いない』人間があげた声とは、とても思えなかった。
そもそも、先刻まで『なんとなく静か』だったのは、今日子がだれだかわからず、でも尋ねるのは失礼かな、と思いつつ「尋ねるタイミング」を見計らっていたためだ。そのことばかりに気がいって、実はあまり話の内容を聞いてなかった。
そして、たった今『なんとなく静か』なのは、余計なことをすると神宮寺から人前で辱められるからだった。
「ふうーん……拓真ですら相手に逃げられたくない、と思ったら、そういう『態度』になるのね」
急に、今日子の声のトーンが陰った。
「おまえだって今度、なんとかっていう俳優と結婚するんじゃねぇのかよ?池原が言ってたぞ」
神宮寺が訝しげに今日子を見た。
「先生、僕は『なんとか』なんて言ってませんよ。風間 優雅さんですよ」
女子に人気の雑誌で、毎年「抱かれたい男」の第一位に輝いている超人気イケメン俳優と、結婚することになった今日子だって、幸せの絶頂のはずだった。