契約結婚はつたない恋の約束⁉︎
「あ……それ、なんとなくわかります」
意外にもその今日子の陰りに「呼応」したのは、栞だった。
「だって、たっくんも『作家・神宮寺 タケル』しか知らへんかったときと、今のプラベの『本田 拓真』では全然違いますもん」
あの頃の(と言っても、先月の話だが)神宮寺はいつもピリピリしていて近寄りがたく、ずーっと二階で仕事していて、滅多に降りてくることもなかった。なのに今は、隙あらば栞を連れて上がり寝室へと引っ張り込もうと企んでいる。
……いやいやいや。
神宮寺先生が豹変するのは「栞ちゃん限定」だから。僕らには相変わらずだから。
そう池原は心の中で思ったが、
「あらっ、あなた……やっぱり女同士よね?
わたしの気持ち、わかってくれるのね」
今日子がなんだか感極まっているので黙っておいた。
「お話なら聞きますよ。あぁ、ちょっと冷めちゃったかもしれませんが……カフェオレどうぞ」
今日子がフッチェンロイターのバロネスから口に含んだ。
「あら……美味しい。お砂糖入れてないのに、なんだか甘いわ」
「わぁ、ありがとうございます。
つい先日判明したばかりなんですけど『父の味』らしいんですよー」
栞はニコニコしながら言っているが、今日子は「はぁ?」という顔をしている。
「……栞、余計なことは言わなくていい」
神宮寺は心を鬼にして鋭く制した。
今日子たちには一刻も早く、とっとと帰ってもらいたいのだ。
「そんな怖い顔しなくてもいいじゃない」
今日子は肩を竦めた。
「池原さんから拓真が『京都妻』と一緒に住んでるって聞いて、あなたにならほかに好きな女がいるのに、別の女と結婚する『心理』を訊けるかな、って思ったのよ。
……どうやら、違ったみたいだけどね」